2020年12月28日月曜日

『レトリックと人生』(ジョージ・レイコフ、マーク・ジョンソン)

『レトリックと人生』(ジョージ・レイコフ、マーク・ジョンソン)

『レトリックと人生』(ジョージ・レイコフ、マーク・ジョンソン)を読んだ。

 我々の思考は、全部レトリックです。難しい抽象概念も、身の回りの比喩から積み上げていって理解しているのです。例えば、論理は食べ物。論理を味わい、咀嚼し、消化し、あるいは口に合わず、アレルギーを起こす。また例えば、議論は戦い。論陣を張り、不意打ちしたり、罠を仕掛けたり、丁々発止と渡り合ったり。

 また我々は、新しい比喩を創り出すこともできます。それは物事を新しい側面から眺めること。新しい比喩が概念体系に入り込めば、行動も変わる。つまり新しい比喩は、新しい現実の創造でもあるのです。

2020年12月26日土曜日

第10回読書会 『「退化」の進化学』


新書読書会「連鎖堂」を開催しました。課題本は『「退化」の進化学 ヒトにのこる進化の足跡』(犬塚則久、ブルーバックス)です。

 ヒトが動物にほかならないということを心底実感できる、いい新書でした。


 この本は、面白い知見がいっぱい載っているタイプの本です。そこで、参加者それぞれが面白かったところを3つずつ挙げてみて、はたしてカブるのか、バラけるのか確認してみました。
 結果、複数の参加者が面白かったと挙げた(カブった)ところは、次の3点です。
  1. 「脊椎動物の胚発生比較図」 すごく似ている。やっぱりインパクトがあります。
  2. 「スペアの骨 腓骨」 要らない骨あるんかい。
  3. 「尻尾」 脊椎動物の尻尾は多様で面白い。
 他はバラバラ。ほどよいばらけ具合というところでしょうか。

 その他、参加者の意見は次のとおりです。

 □

A 「耳の名は」
  •  人の耳にはでっぱりやくぼみがたくさんありますが、解剖学はその全てにいちいち名前をつけていて、その徹底ぶりが印象的。しかもこういう目立たないでっぱりひとつひとつが、もともとの魚のエラ穴のどの部分から由来しているか分かっているというのが、実に面白かった。(89頁)

B 「外反母趾と類人猿」
  •  外反母趾のレントゲン写真が、類人猿の足とそっくりなのが驚きだった。「(足の親指と人差し指をつなぐ)靱帯はできてから日が浅く、まだ強度が十分に進化しきれていないのかもしれない」(145頁)

C 「尻尾の多様性」
  •  尻尾が印象に残った。尻尾「退化」の経緯:尻尾はもともと、泳ぐための器官。這って歩く爬虫類では、足を後ろに引く筋の付着点。その機能は哺乳類では足が体の下につくため不要となったが、多様な生活型をもつ哺乳類では、じつにバラエティに富んだ機能を果たすことになった。(103頁)

D 「あいまいな男女の境」
  •  男女の性器(陰茎と陰核)は実は発生的には連続していること、また、脳にも性差があるがこれも連続していることが、印象に残った。なお、「遺伝的な性と脳の性が一致しない性同一性障害がおこる物であり、文化の産物でもあると思った。

 □

 楽しかった! そして今回の料理は新作のチキントマトスープ!

 また来月も、いい新書とともにお会いしましょう。


2020年12月24日木曜日

『ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』(レイ・カーツワイル)

『ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』(レイ・カーツワイル)

『ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』(レイ・カーツワイル)を読んだ。

 面白い。ていうか面白すぎる。いいですか、我々の千倍も兆倍も頭がいいAIが、2045年には誕生する! いや、その「頭がいい」って何ですか? そりゃ人間を兆倍も優秀にしたものですよ! ちょっ、ちょっと待ってください。

 コンピュータの処理速度も、脳スキャン装置の解像度も、倍々ゲームで進化しています。もはや脳の複雑さは処理可能な範囲です。だったら脳をリバースエンジニアリングして、クロック数は兆倍じゃい。そして我々はナノテクノロジーで銀河系を制覇する。本当にそう書いてあるんです。

2020年12月23日水曜日

『フェイクニュースを科学する 拡散するデマ、陰謀論、プロパガンダのしくみ』(笹原和俊)

『フェイクニュースを科学する 拡散するデマ、陰謀論、プロパガンダのしくみ』(笹原和俊)

『フェイクニュースを科学する 拡散するデマ、陰謀論、プロパガンダのしくみ』(笹原和俊)を読んだ。

 いいね!を押せば、性格が漏れ出す。いいねが150個あれば、性格(ビッグファイブ因子)を家族と同じくらい正確に予測できます。いいね千回超? もはやあなたを一番知ってるのはfacebook。

 ソーシャルメディアは情報の質よりも、クリック数やシェア数など広告収入につながるものを高く評価する仕組みになっています。しかし、「ユーザは個人情報を差し出し、プラットフォームはターゲティング広告で儲けるというビジネスモデルが、情報生態系の持続的発展に利するのかどうか考え直す時期にきている」

2020年12月22日火曜日

『人間知性研究』(デイヴィッド・ヒューム、斎藤繁雄・一ノ瀬正樹訳)

『人間知性研究』(デイヴィッド・ヒューム、斎藤繁雄・一ノ瀬正樹訳)

『人間知性研究』(デイヴィッド・ヒューム、斎藤繁雄・一ノ瀬正樹訳)を読んだ。

 前から読みたかったヒュームに挑戦してみた。さすが古典、自分の頭で考えるのはこういうことかと思ったことでした。一ノ瀬正樹解説も面白いです。

 ヒュームによれば、知識は、アプリオリな理論によって得られるのではありません。ある出来事に続いていつも別のある出来事が生じる(恒常的な連接)のを見いだすという経験によって得られます。しかもこれは一種の自然的本能であって、人間に特別なものではない。ヒューム曰く、犬も知識を有する。理性も自然の一種であって、何か別の抽象世界の産物ではないのです。

2020年12月9日水曜日

『旧約聖書の誕生』(加藤隆)

『旧約聖書の誕生』(加藤隆)

『旧約聖書の誕生』(加藤隆)を読んだ。

 キリスト教、ユダヤ教は特異な宗教です。なんとご利益がないのです。

 古代では民族の戦いは神の戦いでもあり、民族が負ければその民族の神も捨てられ消えるのが普通でした。ところがユダヤ民族では、南北王国のうちまず北王国のみが滅亡したため、ヤーヴェが捨てられませんでした。そして神が守ってくれなかったのは、神の力が足りなかったのではなく、民に罪があったためである、とされました。その結果、「神の意が分からなくとも、どんなに悲惨な状態になっても、神を捨ててはならない」となったのです。

2020年12月7日月曜日

『経済史 いまを知り、未来を生きるために』(小野塚知二)

『経済史 いまを知り、未来を生きるために』(小野塚知二)

 『経済史 いまを知り、未来を生きるために』(小野塚知二)を読んだ。

 超面白い。中世では価格は常に一定でした。ではいったい、どこから資本主義が現れたのでしょう。王様と商人? 職人ギルド? 都市市場? ブー。正解は農村。奢侈品は余剰を分配するだけで生産力を上げませんし、ギルドや市場では他の構成員より多く儲ける奴は排除されました。目立たずに少しずつ効率化することができた農村内商工業こそが、生産力を上げたのです。

 設計されたユートピアや伝統復古は、実現できたことがありません。理念やニュースなんて重要じゃない。目立たない日常こそが歴史を変えるのです。

2020年11月28日土曜日

第9回読書会 ビブリオバトル・テーマ「進化」


新書読書会「連鎖堂」を開催しました。密にならない4名の参加です。今回はビブリオバトル。テーマは「進化」(新書限定)。発表された本は、以下の3冊です。


『「退化」の進化学 ヒトにのこる進化の足跡』(犬塚則久、ブルーバックス)

 進化論でいう「進化」には、良くなっていくという含意はありません。だから退化も進化だ!
 人の器官は、進化というか退化の痕跡が残っています。耳の中には鮫の顎とか。私たちの身体は少なくとも4億年の進化と退化の果てにあるのです。
 個人的には、副乳(通常の胸以外にできた乳頭や乳輪)の話に、本日の読書会を副乳で塗りつぶすほどのインパクトがありました。

 □

『進化のからくり 現代のダーウィンたちの物語』(千葉聡、ブルーバックス)

 進化論研究者の列伝の趣きもあるエッセイ。とても理系研究者の文章と思えないほど軽妙とか。
 カタツムリは首もと?にある生殖器官で交尾しますが、たまたま左巻きのカタツムリが生まれてしまうと、交尾の具合が悪く、お相手探しにとても苦労する、という話とか。この章の章題は「聖なる皇帝」。内臓が左右反転しているサウザー(北斗の拳。「退かぬ!媚びぬ!省みぬ!帝王に逃走はないのだー!」の人)から、なんとカタツムリにつながるのです。


『なぜヒトは学ぶのか 教育を生物学的に考える』(安藤寿康、講談社現代新書)

 事実として、学業成績には遺伝の影響が大きい。行動遺伝学のエビデンスによれば、遺伝の影響は50%、家庭環境の影響が30%、本人や先生で変えられる要因の影響は20%にすぎないとか。
 「生まれつき」が完全にタブーになっている教育学の世界ですが、実際にはみんな薄々わかっているので、よくない状況です。本書はタブー破り万歳みたいなところが一切ない、とても誠実なもの。それこそ遺伝子からして一人一人違う我々にとって、教育とは何かを示してくれます。


 さてこの3冊、どれも面白そうですが、みなさまがたは、どの本をいちばん読みたくなりましたでしょうか?

 では、チャンプ本の発表です! チャンプ本は…、
『「退化」の進化学 ヒトにのこる進化の足跡』(犬塚則久、ブルーバックス)
 おめでとうございます!

 来月は、『「退化」の進化学』を課題本とする読書会です。

 ではまた、いい新書とともに、お会いしましょう。


2020年11月26日木曜日

『完全なる証明 100万ドルを拒否した天才数学者』(マーシャ・ガッセン)

『完全なる証明 100万ドルを拒否した天才数学者』(マーシャ・ガッセン)

『完全なる証明 100万ドルを拒否した天才数学者』(マーシャ・ガッセン)を読んだ。

 超面白い。数学の記念碑的難問「ポアンカレ予想」には、賞金1億円がかけられました。それを辛苦のすえ証明したペレルマンは、しかし賞金もフィールズ賞も拒絶し、隠遁してしまいました。なぜ。

 「我々の社会でエリート教育は許されない」という旧ソ連に、奇跡的に残された数学アカデミーで育ち、数学の純粋さを信じるペレルマンには、数学と金や賞は、結びついてはならないものだったのです。数学は数学のためにある。この世で数人しか理解できなくても、正しい数学は正しい。分かりやすいなんて、低俗なことだ。

2020年11月24日火曜日

『操られる民主主義 デジタル・テクノロジーはいかにして社会を破壊するか』(ジェイミー・バートレット)

『操られる民主主義 デジタル・テクノロジーはいかにして社会を破壊するか』(ジェイミー・バートレット)


『操られる民主主義 デジタル・テクノロジーはいかにして社会を破壊するか』(ジェイミー・バートレット)を読んだ。

 超面白い。2017年米国でロビー活動に最も金を出したのはどの会社? トランプのSNS選挙対策室でケンブリッジ・アナリティカ(個人情報を使う選挙コンサル)と協働したのはどの会社? 答えはGoogle。昔ならプロパガンダと呼ばれた手法をテックで洗練し、時価総額は50兆円を超え、もう既に、権力なのです。

 しかしテック企業は自分を権力側と思っていません。それは彼らの「カリフォルニアン・イデオロギー」。つまりテックの本質は人を解放すると信じているからです。そろそろ無理があるでしょう。

2020年11月9日月曜日

『江戸の読書会 会読の思想史』(前田勉)

『江戸の読書会 会読の思想史』(前田勉)

 『江戸の読書会 会読の思想史』(前田勉)を読んだ。

 超面白い。江戸の会読には、カイヨワの言う「遊び」、アゴーン(平等のチャンスが人為的に設定された競争)とルドゥス(あえて窮屈なルールで困難を解決する喜び)がありました。ていうかそれってまさに、ビブリオバトル!

 儒学も蘭学も権勢や利得に直結しませんでした。これが逆に「貴賤富貴を論ぜず、同輩と為すべき事」(懐徳堂=大阪商人の学問所)となったのです。杉田玄白は『解体新書』訳業の思い出に、「会集の期日は、前日より夜の明くるを待ちかね、児女子の祭見にゆくの心地せり」。なんと素晴らしい。

2020年11月1日日曜日

第8回読書会 『グロテスクな教養』(高田里惠子、ちくま新書)


新書読書会「連鎖堂」を開催しました。今回の課題本は、『グロテスクな教養』(高田里惠子)。

 この本はかなり歯応えがあるというか、一筋縄ではいかない、なんなら意地悪な、教養への愛憎なかばする複雑なものでした。
 かなり色々意見が出ましたし、それぞれの参加者の「私と教養」も面白かった。しかし今どき、教養について3時間も話している人たちは他にいるのだろうか、と思ったことでした。こんな機会もそうないですよ!

 以下、参加者から出た意見です。

Aさん
  •  教養とは、生きていくだけなら要らないけど、あったほうがよいもの。宇宙飛行士の若田光一さんが詩を詠むように。
  •  私が女性なので、4章(「女、教養と階級が交わる場所」)に入って一気に面白くなった。そうか、古典を読む的な教養は、男のものだったのか、と気づいた。
  •  男は教養があったらモテるというが、女は教養があってもモテない。
  •  そもそも、男は教養があったらモテるという思考が謎。
  •  教養が女性にモテるモテないの手段となっていることに気づくときの「いやったらしさ」、腑に落ちた。

Bさん
  •  教養とは、向上心。
  •  本書では主に、教養とは、向上心の、滑稽さ・イタさ。『三太郎の日記』には、「よりよく」って言葉が2ページで40回近く出てくる。(向上心を馬鹿にする一方というのではない。)あるいは、あとがき(233頁)によれば、教養とは、人間の複雑さをそのままにしめすという、『神聖喜劇』的グロテスクさ。
  •  ニューアカには、高み・近寄りがたさという概念がない。ので、教養=向上心への、トドメだった。大澤真幸曰く、「ニューアカみたいになりたいな、と思ってやったので、とても悲惨なことになっているんです」(160頁)

Cさん
  •  本書は、教養についての論かと思ったら、教養論についての論、教養論論だった。
  •  教養というのは、全方位的に情報をもっているという面がある。つまみ食いは教養ではない。そうすると、オタク的なやり方、一部だけを深めていくやり方が、教養を殺したのか。今の教養は、オタク的な教養、教養的な分野に特化した教養になっているのでは。なんなら、教養分野の専門学校を作ったってよい。
  •  ただ、昔の社会で教養が成り立ったのは、情報がまだしも限られていたからでは。現在のように情報が膨大なら、一部だけになるのは無理もないようにも思う。

Dさん
  •  教養とは、色々なこと、色々な選択肢を知っておくことで、困ったときに助けになるもの。成長するためのもの。
  •  エヴァンゲリオンなどを考えると、現在では、成長しないのでも、受け入れられるんだなと思う。個人的には、基本、成長しろよ、と思う。
  •  このまえ三島由紀夫を読んだら、これはだめだ、大人になってはじめて読むもんじゃないな、と思った。
  •  教養が低下した、昔はよかった、というのかもしれないが、満州事変のころから、教養は低下したと言われていた(83頁等)。

Eさん
  •  教養とは、マウンティングのための武器。
  •  教養主義には、対抗文化のはずだったものが、自身が権威になってしまうという逆説がある。ゲーテ、マルクス、吉本隆明・浅田彰と来て、今や、教養も大衆文化の一つにすぎず、教養主義は成り立たない状態では。
  •  もっとも、教養は、昔から、満州事変のころから、人生や社会の役に立ってない。
  •  唯一、教養が生き死ににかかわる問題となったのは、戦争末期のみ(117頁等)。しかし、生き死にの問題は常にあるはずで、したがって、教養の時代は、まだ来ていない。そういう意味で、私は(ベーシックインカムなどにより)本当の教養の時代が到来するのを待ち望んでいる。

 □

 楽しかった! そして今回はローストポークがおいしくできた!

 ではまた来月も、いい新書とともにお会いしましょう。


2020年10月29日木曜日

『超予測力 不確実な時代の先を読む10カ条』(フィリップ・E・テトロック、ダン・ガードナー)

#ハヤカワノンフィクション文庫


『超予測力 不確実な時代の先を読む10カ条』(フィリップ・E・テトロック、ダン・ガードナー)を読んだ。

 評論家や諜報員の予測が、猿のダーツ投げより的中しない。そんなんでいいのか。そこでガチンコ、予測トーナメント開催です。結果、ボランティア(年間3万円ギフト券)の一部「超予測者」は、高給取りのCIA情報分析官より予測力が高かったという…。超予測者の特徴は、思想信条に縛られないこと、運命論を信じないこと、数学と読書が好きなこと。

 予測力、実に高めたい。でも本当は、10年先の変化を見通すことは「絶対に」できない。予測力や知的柔軟性には価値がある。しかし人の予測には限界があるのです。

2020年10月22日木曜日

『Q思考 シンプルな問いで本質をつかむ思考法』(ウォーレン・バーガー)

『Q思考 シンプルな問いで本質をつかむ思考法』(ウォーレン・バーガー)

『Q思考 シンプルな問いで本質をつかむ思考法』(ウォーレン・バーガー)を読んだ。

 答えよりも、問いのほうが重要です。例えばドラッカーは企業に助言するとき、何をすべきかの答えを示すのではなく、質問を投げかけ、どういう問いが重要かを明確にすることで実績をあげました。

 対して普通の専門家は、答えを与えるのが役割と思ってます。ちなみに私も思ってます。「どうしてあなたは自分が専門家より分かっていると思うのですか?」とか言い出しかねませんが、これへの返しは「確かに知っていることは少ない。だがその方がいいこともある」。専門家の答えだけでは新しい解決は生まれないのです。

2020年10月12日月曜日

『社会心理学講義 〈閉ざされた社会〉と〈開かれた社会〉』(小坂井敏晶)

『社会心理学講義 〈閉ざされた社会〉と〈開かれた社会〉』(小坂井敏晶)

 『社会心理学講義 〈閉ざされた社会〉と〈開かれた社会〉』(小坂井敏晶)を読んだ。

 超絶面白い。社会と個人とはどのような関係にあるか。問いが骨太すぎる。

 社会と個人が存在し、相互に影響する、では甘すぎます。例えば心理実験で我々は、強い被害を受けている人と弱い被害を受けている人を見ると、強い被害を受けた人を低く評価する傾向があります。これは単に無情だとか、認知バイアスだとかでは済まない。悪い人が悪い目に遭う、世界は概ね公正だ(公正世界仮説)、という心理がなければ、社会は成立しない。社会は個人から構成されますが、個人心理の底には社会があり、円環で一体なのです。

2020年9月24日木曜日

第7回 読書会 ビブリオバトル・テーマ「人文」


新書読書会「連鎖堂」を開催しました。今回はビブリオバトルです。

 ビブリオバトルを、テーマ「人文」で新書限定っていうのは、かなり芯を喰っていたようで、どの本も素晴らしい! 今回ほど迷う投票もなかったですね。

 発表された本は、以下の4冊です。

 □

1冊目 『「他者」の起源 ノーベル賞作家のハーバード連続講演録』トニ・モリスン、森本 あんり解説、集英社新書

 「黒人」は、アメリカにしかいない。アフリカにはガーナ人やケニア人がいるのであって、「黒人」はいない。
 つまり差別は、普通に生きる人の思いの中にある。「黒人」として初めてノーベル文学賞を受けた著者が、例えば日常の出来事を振り返ることなどによって、そこに権力関係や、「他者化」の起源があることを明らかにしていきます。
 アメリカの時局の理解のためだけでなく、日本における排外を理解するためにも、今まさにお勧めの本です。

 □

 2冊目 『京都学派』菅原 潤、講談社現代新書

 京都学派は、西欧の受け売りだけの哲学では駄目だ、という思いから生まれたもの。しかしその結果は、国粋主義の協力者として公職追放です。どうしてそうなった。
イ、京都学派は、やはり思想の内容が、国粋主義に親和的だったのか。
ロ、国粋主義への批判力がなかったために、時流に巻き込まれたのか。
ハ、思想として生み出されたものを、国粋主義の側がはめ込んで利用したのか。
 その解釈の難しさを感じます。

 □

3冊目 『グロテスクな教養』高田里惠子、ちくま新書

 「教養」のあの独特の嫌らしさは、どこからくるのか。なのになぜ、大正の頃、1980年代(ニューアカ)の頃、「教養」があるとモテたのか。その理由を、身も蓋もないくらい明らかにします。
 あとがきによれば、本書を担当したちくま新書の担当者曰く、「一冊ぐらいは嫌な気持ちになる新書があってもいいでしょう」。どんなんや。

 □

4冊目 『翻訳語成立事情』柳父章、岩波新書

 「社会」「個人」「美」「恋愛」。これらの言葉は、明治になって作られたもので、それ以前にはなかったものです。
 「社会」といえば、「世間」よりも良いもので、しかも抽象的です。日本の翻訳はこういう、「よく分からないけど良さそうな言葉」に頼っているのです。
 しかし福沢諭吉は違います。societyを「交際」と訳し、individualを「人」と訳します。福沢だけが、societyやindividualを、普段使う言葉から理解すべきとしたのです。

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 さてこの4冊、どれも面白そうですが、みなさまがたは、どの本をいちばん読みたくなりましたでしょうか? 私はどれもとても読みたくなったので、選ぶのが非常に困難でした。

 では、チャンプ本の発表です!

 チャンプ本は…、
『グロテスクな教養』高田里惠子、ちくま新書
 ワー!

 しかも満票です!

 ていうか、「嫌な気持ちになる新書」と言いながら薦めるほうも薦めるほうですが、選ぶほうも選ぶほう。なんで満票や。
 それはとても、面白そうだからです。なので来月は、『グロテスクな教養』を課題本とする読書会です。

 ではまた、いい新書とともに、お会いしましょう。


2020年9月17日木曜日

『レトリック感覚』(佐藤信夫)

『レトリック感覚』(佐藤信夫)


『レトリック感覚』(佐藤信夫)を読んだ。

 超面白い。太宰治曰く、「ふと入口のほうを見ると、若い女のひとが、鳥の飛び立つ一瞬前のような感じで立って私を見ていた」。その比喩、わかる。けど、鳥の飛び立つ一瞬前を見たことありますか。『雪国』のヒロイン、「駒子の唇は美しい蛭の輪のように滑らかであった」。わかる。けど、蛭を見たことありますか。

 しかし、愛する人の唇を伝えたいとき、美しいと書いても、形を正確に描写しても、伝わりません。言葉は伝達に便利ではない。レトリックは飾りではなく、切実なことを正確に伝えるための本質なのです。

2020年9月15日火曜日

『日本のいちばん長い日』(半藤一利)

 『日本のいちばん長い日』(半藤一利)

『日本のいちばん長い日』(半藤一利)を読んだ。

 超面白い。敗戦日とその前日、皇居ではクーデター(宮城事件)が起きていました。若き陸軍部将校 畑中少佐らが、近衛第一師団長を殺害し、皇居を占拠して、本土決戦のため、玉音放送を阻止しようとしたのです。しかし未遂に終わり、畑中は自決。鈴木貫太郎首相の飄々とした肝の太さ、敗戦を遂行する内閣の辛苦など、24時間実録がスリリングです。

 絶対に負けを認めないぞ。そんなのは子どもの所行と、後世から言うのは簡単ですが…。浪漫主義はたやすく除霊できない。この本が面白いのが、まさにその証拠です。

2020年9月12日土曜日

『「壁と卵」の現代中国論 リスク社会化する超大国とどう向き合うか』(梶谷懐)

『「壁と卵」の現代中国論 リスク社会化する超大国とどう向き合うか』(梶谷懐)

 『「壁と卵」の現代中国論 リスク社会化する超大国とどう向き合うか』(梶谷懐)を読んだ。

 昔、人の敵は自然でした。近代に至り、自然を克服したテクノロジーやシステムは、基本的には良いことのはずです。しかしテクノロジー等は、一部に害を与えることがあります。例えば公害や薬害です。このように人から生じるリスクの配分が問題となる社会(リスク社会)では、ある意味リスクを人が割り振るのですから、自由な異議申立と論議が重要です。

 ここで中国。中国はリスク社会に至っているのに、いまだに言論統制をしています。そのやり方、もうもたないでしょう。中国の深い認識が得られる本、お勧めです。

2020年9月9日水曜日

『多数決を疑う 社会的選択理論とは何か』(坂井豊貴)

『多数決を疑う 社会的選択理論とは何か』(坂井豊貴)

 『多数決を疑う 社会的選択理論とは何か』(坂井豊貴)を読んだ。

 面白い。2000年米国大統領選、当初世論調査ではゴア有利も、ラルフ・ネーダーが立候補してゴア票を喰い、ブッシュが当選しました。多数決は票の割れに弱い。また選択肢が複数だと、二番になりやすい穏当な主張よりも、嫌われても一番を目指す極端な主張が勝ちやすい。実際、欠陥制度ではないか。選択肢を順位づけして投票する(ボルダルール)なら、極端は敗れます。


 住民投票の工夫も出色。計画の実質確定後に住民意見を聞くセレモニーをするのでなく、しかも地域エゴや愉快票を避ける制度がありうるのです。

2020年9月7日月曜日

『新 人が学ぶということ 認知学習論からの視点』(今井むつみ、野島久雄、岡田浩之)

『新 人が学ぶということ 認知学習論からの視点』(今井むつみ、野島久雄、岡田浩之)

『新 人が学ぶということ 認知学習論からの視点』(今井むつみ、野島久雄、岡田浩之)を読んだ。

 超面白い。知識の獲得には、豊富化と再構造化があります。このうち学習の躓きとなるのは再構造化。再構造化のために、今持っている素朴理論を捨てるのが難しいのです。例えば、分数を理解するには、数=自然数という素朴理論を捨てなければなりません。また例えば、指で上へ弾かれたコインには、上がる途中の瞬間、上向きの力が働いていますか?「動いてるなら動いてる方へ力が働き続けてる」は素朴理論で、慣性の法則に反し、誤りです。

 いいね、再構造化。何もかも次々に再構造化して、まだ見ぬ世界へ行きたい。

2020年9月5日土曜日

『ルポ ネットリンチで人生を壊された人たち』(ジョン・ロンソン)

『ルポ ネットリンチで人生を壊された人たち』(ジョン・ロンソン)

『ルポ ネットリンチで人生を壊された人たち』(ジョン・ロンソン)を読んだ。

 超面白い。ジャスティン・サッコは人種差別的ジョークを1回ツイートしました。これが半日後には世界一の大炎上、即日解雇され、名前を検索すれば顔写真と人格非難が延々と続き、今後一生涯、普通に就職や子育てをすることはできないでしょう。

 炎上は特殊な人の悪意のせいではない。逆です。普通の人の善意のせいです。悪い奴を懲らしめるのは当然? いや、その場の思いつき、ていうか本当は暇つぶしを、正義だと心理的に正当化しているだけでしょう? そして現実には、人の生涯を潰すのに荷担しているのです。

2020年8月31日月曜日

『逸翁自叙伝 阪急創業者・小林一三の回想』(小林一三)

 『逸翁自叙伝 阪急創業者・小林一三の回想』(小林一三)


『逸翁自叙伝 阪急創業者・小林一三の回想』(小林一三)を読んだ。

 予想外、ちゃんとしてない。新卒入社しても行かない。新婚すぐ愛人と有馬温泉に泊って離婚、等々。宝塚歌劇は三越少年音楽隊との競争上の「イーヂーゴーイングから」「元来私は音痴である」。なんでそんなこと自伝に書くの。

 しかし彼の理想と事業こそが、中産階級を生みました。欧州旅行の感想に、「〔デモクラット発祥の地は〕さぞ大衆の芸術も盛んで立派であろうと考えて行って見ると、…芸術はブルジョワの手に独占され…、民衆のためには、単に富籤、犬のレース…。これで健全な大衆の成長があるだろうか」。


2020年8月22日土曜日

第6回読書会 『心病める人たち』(石川信義、岩波新書)


新書読書会「連鎖堂」を開催しました。マスクをしたままですが、かなり盛り上がりました。

 今回の課題本は、『心病める人たち』(石川信義、岩波新書)です。

 この本は、昭和40年代以降、患者の閉じ込めに向かった医療の中で、先駆的に精神病院を開放した医師の履歴です。まず波瀾万丈の物語として面白いですし、さらなる新書の喜びも得られる、いい本でした。

 読書会では、精神病にまつわる個人的なエピソードも出て、さらに、精神病者を怖く思ってしまうこと、それに個人差があることをどう考えるか、そもそも精神病と正常とは何かといった、一人では考えることができない意見が交わされ、印象の深い読書会となりました。

 以下、各参加者から出された意見のまとめです。


Aさん
  •  精神病との関わりについて、社会の変化などが、時系列で読めるのがよい。
  •  アンケートをとると、精神病院の近くに住む住民は、患者から迷惑をかけられたことがあるという項目にイエスと答える割合が高いが、患者に近くにいてほしくないという項目には、ノーと答える割合が高い(232-233頁)、というのが印象的だった。


Bさん
  •  特に前半、物語的で面白くて読みやすい。波瀾万丈があって。後半は、著者の苦労が報われないのかと思ったりして、すらすらとは読めなかったが。
  •  著者の苦労は報われるべきと思うが、ただ、通所施設を作ろうとして周辺住民に反対されるくだり(118頁)を読んでいると、自分も実際に住民だったら嫌悪感をもつかもしれない、と感じた。


Cさん
  •  昔の精神病院の、「厄介者を預かってやっている」という発言(31頁)や、宇都宮病院事件のくだりを読んでいると、精神病院にまつわるすべてが連鎖しながら病んでいっているようだ。
  •  患者は男女交際も許さないというのは、相手を人と思わない、優生思想とのつながりを感じる。ついこの前のように思う、20年強前に、まだ強制不妊手術が合法だったということにもつながると思う。

Dさん
  •  宇都宮病院(石川文之進院長)のやっていることは、まるでスタンフォード監獄実験(フィリップ・ジンバルドー教授)のようだ。自分も、従業員だったら、虐待してしまったのではないか。
  •  イタリアの事例などを読むと、特に精神病では、正常と病の境目は、社会的に定まるといえるだろう。そうすると、人の病というより、社会の病と捉えることができるのではないか。
  •  最近では、自閉症をスペクトラム(連続体)として捉えることが一般化しているが、精神病についても、正常と異常を分離することそのものがおかしいのではないか。

Eさん
  •  著者がすごい。強靱な信念と、愉快で大胆なキャラクター。また、実践と学習を繰り返して発展させるやり方が。
  •  精神病者の閉じ込めというのは社会問題で、社会問題はマクロの事象。しかし、解決を始めるのはミクロの個人にほかならない。本書では、ミクロがマクロにつながっていく様子が見える。そこが最も面白かった。


 楽しかった! また来月も、いい新書とともにお会いしましょう。


2020年8月21日金曜日

『ハーバードの人生が変わる東洋哲学 悩めるエリートを熱狂させた超人気講義』(マイケル・ピュエット、他1名)

『ハーバードの人生が変わる東洋哲学 悩めるエリートを熱狂させた超人気講義』(マイケル・ピュエット、クリスティーン・グロス=ロー)

『ハーバードの人生が変わる東洋哲学 悩めるエリートを熱狂させた超人気講義』(マイケル・ピュエット、クリスティーン・グロス=ロー)を読んだ。

 儒教老荘、面白い。孔子曰く、「祭ること在(いま)すが如くし、神を祭ること神在すが如くす」。つまり儀礼は「かのように」行う。

 孔子曰く、人間関係の本質は儀礼です。例えば、夫婦が愛している「かのように」言葉を交わしているとき、まさに、お互い愛しあっているのにほかなりません。逆にうまくいかない関係は、コミュニケーションがダメなパターンに嵌まっています。口うるさい母と反抗的な子というパターンとか。そんなときには、ダメでない「かのように」。ダメなパターンを打破することができるのです。

2020年8月12日水曜日

『犬将軍 綱吉は名君か暴君か』(ベアトリス・M・ボダルト=ベイリー)

『犬将軍 綱吉は名君か暴君か』(ベアトリス・M・ボダルト=ベイリー)

『犬将軍 綱吉は名君か暴君か』(ベアトリス・M・ボダルト=ベイリー)を読んだ。

 超面白い。綱吉のファンになること必定。綱吉の評判が悪いのは、武士に嫌われたから。武士に嫌われたのは、儒教的仁政を理想とし、庶民を重視したから。その庶民重視の根は、当時の武士では例外的に母の影響を強く受け、母は八百屋の娘だったからです。

 また綱吉は中央集権を志向しました。家柄より能力で登用し(柳沢吉保等)、西洋史ならルイ14世風の絶対君主を目指しました。生類憐れみの令は、鷹狩りの縮小で大名が捨てた等の野良犬が十万匹も群れる江戸で、五代将軍綱吉と戦国的武士との衝突だったのです。

2020年8月2日日曜日

『科学革命の構造』(トーマス・クーン)

『科学革命の構造』(トーマス・クーン)

『科学革命の構造』(トーマス・クーン)を読んだ。

 パラダイム転換、面白い。読む前はポストモダン的というか、科学者は集団のルール内で考えるだけだ的な本かと思ってましたが、違いました。

 確かに、「チェスの問題を解こうと苦心する人は、チェスのルールについて考えない」としています。しかしむしろ、その解こうとする苦心、パラダイム内での通常科学こそを、科学の長所と評価しています。ルールの転覆(まさにコペルニクス)は外野からは目を引きますが、そもそも転覆が可能になるのは、つまり異常に気づくのは、通常科学による蓄積があるからこそなのです。

2020年7月25日土曜日

第5回読書会 ビブリオバトル・テーマ「医療」


新書ビブリオバトル「連鎖堂」を開催しました。今回は密にならないよう、少人数4名での開催です。発表本4冊、はたしてチャンプ本に輝くのは、どの本なのか? (ちなみに参加者が持ちよった新書は全部あわせて10冊)

 テーマは、今こそ直球の、「医療」です。では以下、文字で読む、疑似ビブリオバトルをお楽しみください。みなさまがた、以下の4冊のうち、どの本をいちばん読みたくなりますでしょうか?

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1冊目 『心病める人たち 開かれた精神医療へ』(石川信義、岩波新書)

 なんで我々は、病んでいる人に、こんなにも不寛容になってしまったのか。立ち止まって考えると、おそろしい。
 著者の強烈なキャラクターと情熱、閉じ込めに向かう精神医療を開かれたものへと実践していくストーリーが面白い。精神病での入院を概ね廃したイタリアの取組も、とても印象的です。

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2冊目 『医の希望』(齋藤英彦編、岩波新書)

 著者9名、山中伸弥など医療各分野の第一人者が、その最新状況を語る新書です。
 「革新技術を医に活用する」の4つの章は驚きです。特に、要介護の高齢者がパワードスーツ(ロボットスーツ)を着ると、だんだん自分で動けるようになる、というのが。SFか。いいえ、現実です。ナノ医療もすごい。

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3冊目 『医療ケアを問いなおす 患者をトータルにみることの現象学』(榊原哲也、ちくま新書)

 現象学から、医療ケアを考える。全5章のうち1章は、哲学としてのガチの現象学。
 しかし、現世から遊離しているのかのような現象学が、こんなにも現実に使えるとは。病院に行くと、患者としてふるまってしまうのはなぜか。そういうふるまい、関係性から、離れることはできるのか。非常に興味深いです。

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4冊目 『医薬品クライシス 78兆円市場の激震』(佐藤健太郎、新潮新書)

 製薬業界、こんなにもギャンブル的な収益構造だったとは。開発費が跳ね上がり、そのために合併を重ねて巨大化したのに、ぱったりと新薬が生まれなくなってしまう。簡単に作れる薬はぜんぶ作ってしまった。どの業界だって大変ですが、製薬もか。
 薬の生理的、経済的、そして実際のお仕事からみた仕組みがリアルに分かります。

 □

 さてこの4冊、どれも面白そうですが、みなさまがたは、どの本をいちばん読みたくなりましたでしょうか?  では、リアルでの投票結果、チャンプ本を発表します!

(ドラムロール)
ダン!

 今回のチャンプ本は、『心病める人たち 開かれた精神医療へ』です。おめでとうございます!

 実践のストーリーも面白そうですし、病むことと社会との関係も知りたいので、とても読みたくなりました。

 来月は、『心病める人たち』を課題本とする読書会です。ではまた来月も、いい新書とともに、お会いしましょう。

2020年7月22日水曜日

『上達の法則 効率のよい努力を科学する』(岡本浩一)

『上達の法則 効率のよい努力を科学する』(岡本浩一)

『上達の法則 効率のよい努力を科学する』(岡本浩一)を読んだ。

 かなり面白い。スポーツ、演奏、将棋、武道、何でもいいから上達したくなること必定。例えば、中級者に上がるコツはまず得意技を見つけること等、私の数少ない上達経験からも納得です。

 上達の秘訣は、情報処理にあります。人が短時間内に処理できる情報は7つ程度にすぎませんが、ある技能、ある戦法、ある感覚を、ひとまとまりのもの(スキーマ)として自分の心内で把握できていれば、情報処理に余裕が生まれ、上のスキーマも見えてくる。上達巧者はスキーマ形成がうまい。メモで言語化を試みるのもお勧めです。

2020年7月10日金曜日

『プログラムはなぜ動くのか 知っておきたいプログラミングの基礎知識』(矢沢久雄)

『プログラムはなぜ動くのか 知っておきたいプログラミングの基礎知識』(矢沢久雄)

『プログラムはなぜ動くのか 知っておきたいプログラミングの基礎知識』(矢沢久雄)を読んだ。

 皆さんご存じですか。パソコン、実は、物理的な存在だった。IC(ゲジゲジみたいなやつ)の足の1本1本のオンオフが、2進法の1桁を表すと。つまり8本足のICなら、オンオフで2の8乗=256通り表せると。これが8ビット=1バイトと。そんな物理的な。いやもちろん、知ってましたけど。

 CPUもメモリもICですが、CPUが演算したり、メモリがデータを格納したりする具体的なやり方(ぜんぶ2進法かつ物理的)が分かりやすい。いや、この本はいいですね! ブラックボックスが開く快感があります。

2020年6月27日土曜日

第4回読書会 『勤勉は美徳か?』(大内伸哉、光文社新書)


第4回・新書読書会「連鎖堂」を開催しました。今回は、課題本を読んで集まるタイプの読書会です。

 課題本は、『勤勉は美徳か? 幸福に働き、生きるヒント』(大内伸哉、光文社新書)

 この本は多様な読みができる本で、読書会にはうってつけでした。参加者それぞれの経験と絡めた意見や、私は考えていなかった着目点が出て、労働と勤勉について理解を深めることができたと思います。

 以下、『勤勉は美徳か?』について、各参加者から出された意見のまとめです。実に多面的で、読書会をやった甲斐があります。

Aさん
  •  【日本人が勤勉となったのは江戸時代以降】(202頁)にすぎないというのが、新しい発見だった。
  •  今世紀は、【勤勉でないとダメですか?】と、堂々とおおっぴらに問いかけることができる時代になった。「勤勉」という言葉の清濁を深読みできて、有意義だった。

Bさん
  •  村上春樹が言っていた【文化的雪かき】を思い出した。仕事には、ある種の虚しさがある。別の言葉で言えば、仕事では、イタリア的な【一見どうでもよいこだわり】(198頁)こそが面白いともいえる。
  •  最近の動きでは、【パラレルキャリア】(98頁)が実に興味深い。

Cさん
  •  ニュースなどでバラバラに聞いていたことを、つなげて考えることができて有意義だった。
  •  【規制が裏目に出る】さま、特に女性と労働との関係(派遣について140頁、出産について146頁)や、無期転換権(155頁)が、特に印象に残った。本書以外では、年金制度の第3号被保険者も裏目に出ているように思う。

Dさん
  •  【一貫性あるルールを設定することの難しさ】を感じた。
  •  いいと思って作ったルールが、裏目に出る。あるいは、ルールが、社会の変化についていけてない。ただ、フーヴァー大統領的な自由放任もうまくいかなかったと思うので、難しい。

Eさん
  •  【職務専念義務】(144頁)、【テレワーク】(106頁)についての記述が興味深かった。コロナ禍でリモートワークを行ったが、これは本書が推奨するジョブ的・プロフェッショナル的な働き方に沿うように思う。ただし、テクノロジーを利用した監視で、メンバーシップ的な規制を強める可能性もある。この点、イタリアでは、【労働者を監視するための視聴覚機器利用は禁止】されている(121頁)のは実に興味深い。
  •  『ブルシット・ジョブ』(岩波書店)なんか、すぐにでも止めだ。
  •  ただ、【労働観は多様である】ことの反映なのかもしれないが、本書全体の論旨は一貫していないように思う。

Fさん
  •  【ホワイトカラーエグゼンプション制度】についての記述は、著者自ら立法事実がないと書いており、かつ、裏目に出る可能性がこの制度についてだけ度外視されていて、論理的ではないと思う。
  •  【遊び心をもって働く】べきこと、その関連で、【適職請求権】(131頁)が実に興味深く、賛成である。自分の働き方に要望を言えるのは、権利と考えてもよいのでは。あるいは、やってられない仕事なんか、やらされるべきではないのでは。もっとも、仕事内容を指定して命令するのが労働契約の本質でもあり、法解釈には工夫が必要だが。

その他
  •  【エッセンシャルワーカー】は、コロナ禍で注目されたが、本書の枠組みでは捉えきれないのではないか。
  •  【最近の若者】は、働き方がリスク回避的・消極的ではないかとの指摘。それに対して、それは失敗への許容度が下がっているから、会社や社会に余裕がなくなっているからではないかとの指摘。

 □

 あと今回も低温調理肉を提供しているのですが、うーん、もっと美味しくしたい!

 参加いただいた皆様、ありがとうございました!


2020年6月22日月曜日

『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』(ユヴァル・ノア・ハラリ)

『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』(ユヴァル・ノア・ハラリ)

『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』(ユヴァル・ノア・ハラリ)を読んだ。

 べらぼうに面白い。スケールが大きい。あらゆる革命や思想を相対化。上から目線をさらに超えた、神から目線です。読了するとしばらくの間なにを聞いても、「人類全体の歴史から見れば、小さい小さい」と思えるという効果あり。神から目線、あなたも手に入れてみませんか?

 後半の「幸福」の検討は比類がありません。著者はどんな理念体系へも超上から目線ですが、そんななか唯一、幸福のために有望視している考え方があります。それは原始仏教。これを読んで私は思いました。とうとう来た。やっぱり原始仏教だと。

2020年6月16日火曜日

『スティグリッツのラーニング・ソサイエティ 生産性を上昇させる社会』(ジョセフ・E・スティグリッツ、ブルース・C・グリーンウォルド)


『スティグリッツのラーニング・ソサイエティ 生産性を上昇させる社会』(ジョセフ・E・スティグリッツ、ブルース・C・グリーンウォルド)

『スティグリッツのラーニング・ソサイエティ 生産性を上昇させる社会』(ジョセフ・E・スティグリッツ、ブルース・C・グリーンウォルド)を読んだ。

 超面白い。ここ二百年で人類の暮らしが格段に良くなったのは、ラーニングのおかげ。特に職場での着実な改善のおかげです。

 自由市場は理論上、世界の富を最大化しないとの指摘が刺激的。リカードの比較優位説は、各国が国内で最も得意な分野に注力したうえ自由貿易すれば世界の富が最大になるとしますが、これが本当なら、米国も日本も韓国もずっと農業国だった方が世界の富が多かったのか。これはラーニングを無視した立論です。工業はラーニングが生じやすいため、ある種の工業保護は、世界の富を増やすのです。

2020年6月9日火曜日

『ごく平凡な記憶力の私が1年で全米記憶力チャンピオンになれた理由』(ジョシュア・フォア)

『ごく平凡な記憶力の私が1年で全米記憶力チャンピオンになれた理由』(ジョシュア・フォア)

『ごく平凡な記憶力の私が1年で全米記憶力チャンピオンになれた理由』(ジョシュア・フォア)を読んだ。

 超面白い。登場人物、展開、理論どれも見事。記憶力は才能だけではありません。例えば、秀才でも野球のルールを知らなければ、凡人の野球好きより、試合展開を覚えられません。つまり記憶力は、思考枠組みと訓練によるのです。あるいは、知識と知恵は鶏と卵。もっと覚えればもっと知り、より知ればより覚えるという。

 ちなみに最近毎週日曜、長男と妻と百人一首暗記対決をやってみたら、百首全て暗記できました! ですので次にお会いしたときには、私に下の句を、聞かないでください。そっとしておいてください。

2020年6月8日月曜日

『鮭鱸鱈鮪 食べる魚の未来 最後に残った天然食料資源と養殖漁業への提言』(ポール・グリーンバーグ)

『鮭鱸鱈鮪 食べる魚の未来 最後に残った天然食料資源と養殖漁業への提言』(ポール・グリーンバーグ)

『鮭鱸鱈鮪 食べる魚の未来 最後に残った天然食料資源と養殖漁業への提言』(ポール・グリーンバーグ)を読んだ。

 ああ天然の鮭鱸鱈鮪。旨い。しかしその漁の持続可能性は、努力にもかかわらず厳しいです。そこで養殖。お勧めは混合養殖、養殖環境の中で生態系のバランスを取るものです。例えば中国では昔から、鯉の養殖は養蚕とセットでした。桑を蚕が食べ、蚕を鯉が食べ、鯉の糞が桑の肥料になるという寸法です。

 養殖向け魚種の探究も重要です。例えばバラマンディ(熱帯域の巨大魚)は、植物食だけでも育つため、飼料効率がよく汚染も少ない。トラ(ベトナムの鯰)は驚くべき繁殖力で、面積あたり鱈の50倍も養殖できます。

2020年6月6日土曜日

『生物から見た世界』(ヤーコプ・フォン・ユクスキュル)

『生物から見た世界』(ヤーコプ・フォン・ユクスキュル)

『生物から見た世界』(ヤーコプ・フォン・ユクスキュル)を読んだ。

 マダニから見た世界はこんな感じ。マダニは木の枝にいて、酪酸の匂いがすると枝から落ち、哺乳類の体温がすれば吸血します。数年間でも酪酸の匂いをただ待ちます。つまりマダニは、人間とは違う時間にいる。

 生物は、棲む世界(環世界)と一体です。環世界で標識となることが生じると、生物はそれを知覚し、運動し、運動により環世界が変化し、さらに標識となることが生じる。生物と環世界はループとして一体です。この世にあるのは生物の数だけの環世界。そして客観的世界は、永遠に認識されえないというのです。

2020年5月26日火曜日

『読書の歴史 あるいは読者の歴史』(アルベルト・マングェル)

『読書の歴史 あるいは読者の歴史』(アルベルト・マングェル)

『読書の歴史 あるいは読者の歴史』(アルベルト・マングェル)を読んだ。

 ただの通史ではない。黙読の歴史、蔵書収集の歴史、図書分類の歴史など、お好きな方にはたまらない渉猟ぶり。古今東西、異様に博識です。

 例えば朗読会の歴史。古代ローマでは頻繁に開催され、自作の出版への第一歩になっていました。朗読を聞かない客に怒り、出版で名が売れたと喜ぶ小プリニウスが、わりとかわいいです。近代英国、朗読会の花形はディケンズで、演技や感情に頼らずに想像を喚起させる巧者だったとか。キューバは独立前夜、工場労働者に朗読会が広まるも、団結を恐れた政府はこれを弾圧しました。

2020年5月21日木曜日

『ダーティ・シークレット タックス・ヘイブンが経済を破壊する』(リチャード・マーフィー)

『ダーティ・シークレット タックス・ヘイブンが経済を破壊する』(リチャード・マーフィー)

『ダーティ・シークレット タックス・ヘイブンが経済を破壊する』(リチャード・マーフィー)を読んだ。

 タックス・ヘイブンに関わる専門家は「全て合法に行っています」と言い、にわかに信じがたいわけですが、本書曰く、合法違法など実は大した問題ではない。秘密主義こそが問題なのです。

 経済学者はどんなに右寄りでも市場が働くには情報開示が必須としています。秘匿は市場を毀損し、経済を破壊します。

 法人にプライバシーなど大した問題ではない。法人は法人名義の財産の限度でしか責任を負わないのに、財産収支も隠すのは、責任と釣り合わず、信用の対象がなくなります。秘匿は信用を縮小し、経済を破壊します。

2020年5月15日金曜日

『LIFE SHIFT 100年時代の人生戦略』(リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット)

『LIFE SHIFT 100年時代の人生戦略』(リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット)

『LIFE SHIFT 100年時代の人生戦略』(リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット)を読んだ。

 統計からの予測によれば、寿命は100年に延びるでしょう。そうなったらどうなるか。学習して、仕事して、引退するという三段階は崩れるでしょう。若い頃の勉強で一生をもたせるのが難しくなるためです。定年後も長すぎますし。

 「変身資産」が面白い。人生が長ければ、一度くらいは大変革に直面するでしょう。活動する分野を変えたり、学習に戻ることもあるでしょう。そのとき、自分にとって本当に大切なのは何か、得意なのは何かを理解していることは財産なのです。自分の人生を遠景から見たい時、お勧めです。

2020年3月20日金曜日

第3回読書会 ビブリオバトル・テーマ「労働観」


新書読書会「連鎖堂」第3回を開催しました!

 ビブリオバトルのテーマは「労働観」。今回も面白そうな本が多すぎて、すごく迷いました。

 結果もとっても僅差で、チャンプ本は4票を集めましたが、他に3冊が3票という…。僅差を制したチャンプ本は、『勤勉は美徳か? 幸福に働き、生きるヒント』(大内伸哉)です!

その他の発表本は、

『隠された奴隷制』(植村邦彦)

『なぜ、残業はなくならないのか』(常見陽平)

『空気の検閲 大日本帝国の表現規制』(辻田真佐憲)

『新しい労働社会 雇用システムの再構築へ』(濱口桂一郎)


 奴隷の賃労働・対するアソシエーション、残業のリアルな問題は客先対応、誇りをもって検閲のお仕事!&忖度の世界、日本の労働はジョブではなく仲間意識…。これでまた、労働への考えが深まりました。

 そして、チャンプ本&次回の課題本『勤勉は美徳か』は、まさに、本当に、私が考えたいことなのです。

 次回は課題本式の読書会。どんな意見が集まるのか、他の人は本のどこに反応するのか、楽しみです!


2020年2月22日土曜日

第2回読書会 『未来をつくる図書館』(菅谷明子、岩波新書)


新書読書会「連鎖堂」の第2回を開催しました!

 今回は課題本を皆で読んで集まる、課題本タイプの読書会。課題本は、前回のビブリオバトルチャンプ本、『未来をつくる図書館』(岩波新書)です。
 多面的かつ深い読みができる本で、参加者からさまざまな意見が出ました。

 参加者の意見が重なり、私も印象深かった点は、大きくは2点、「居場所としての図書館」という捉え方と、「情報リテラシー教育の重要性」です。

 「居場所としての図書館」という捉え方は、図書館の安心感や立ち寄りやすさに、大きな可能性があるということでしょう。この考え方は、私にはなかったものです。かなりの納得感があり、図書館への期待が高まりました。

 また、「情報リテラシー教育の重要性」が、さまざまな視点から示されました。情報量が増えても、探して使えなければ意味がありません。この面でも、図書館の果たすべき役割は大きいといえます。この点は、私が本書で最も感銘を受けた点ですが、特に情報の電子化について、独りでは見逃していた側面を考えることができました。電子化でますます図書館が必要になりうるとは。

 その他にも、自分ひとりで読んだのでは考えつかないような、図書館についての知見を得ることができました。参加者の皆様、ありがとうございました! 


2020年1月25日土曜日

第1回読書会 ビブリオバトル・テーマ「情報論」

 昨日土曜、初めて、読書会を開催してみました。参加いただいた皆様、ありがとうございました!

 読書会の特徴は、新書限定です。また、読書会の後に、私が低温調理した肉をランチとして提供してます。  ちなみに新書に絞るのは、まずビブリオバトルをやって、その次の回に、チャンプ本を、実際にみんなで読む読書会をやるためです。新書なら、難しさの上限を抑えられるので。といいますか、私が、新書から読書を始めた新書好きだからです。  今回はビブリオバトルで、テーマは「情報論」(新書限定)。本日の発表本は、次の5冊でした。 『脳が壊れた』(鈴木大介) 『太平洋戦争日本語諜報戦 言語官の活躍と試練』(武田珂代子) 『未来をつくる図書館 ニューヨークからの報告』(菅谷明子) 『流言のメディア史』(佐藤卓己) 『アリストテレス入門』(山口義久)  どれもとても面白そうでしたが、このうち、『未来をつくる図書館』と『太平洋戦争日本語諜報戦』との決選投票で、チャンプ本は、『未来を作る図書館』でした! 次回は、本日のチャンプ本の読書会です。  その後はランチで、ポークステーキと、パンとサラダと、最後にバナナアイスクリーム。はたして肉はおいしく焼けていたのでしょうか。  今回は、初めての主催で、かつ、人生初めての多人数(8名)への料理サーブのため、 まともに進められるのかドキドキでしたので、よく読書会で会う知り合いの方のみにお声がけしましたが、進行とサーブに慣れることがありましたら、もう少し告知などしたいと思います。  ちなみに、読書会の名前は、新書読書会「連鎖堂」です。  やっぱり、新書はいいですね。参加いただいた皆様、重ねて、ありがとうございました!