2020年8月31日月曜日

『逸翁自叙伝 阪急創業者・小林一三の回想』(小林一三)

 『逸翁自叙伝 阪急創業者・小林一三の回想』(小林一三)


『逸翁自叙伝 阪急創業者・小林一三の回想』(小林一三)を読んだ。

 予想外、ちゃんとしてない。新卒入社しても行かない。新婚すぐ愛人と有馬温泉に泊って離婚、等々。宝塚歌劇は三越少年音楽隊との競争上の「イーヂーゴーイングから」「元来私は音痴である」。なんでそんなこと自伝に書くの。

 しかし彼の理想と事業こそが、中産階級を生みました。欧州旅行の感想に、「〔デモクラット発祥の地は〕さぞ大衆の芸術も盛んで立派であろうと考えて行って見ると、…芸術はブルジョワの手に独占され…、民衆のためには、単に富籤、犬のレース…。これで健全な大衆の成長があるだろうか」。


2020年8月21日金曜日

『ハーバードの人生が変わる東洋哲学 悩めるエリートを熱狂させた超人気講義』(マイケル・ピュエット、他1名)

『ハーバードの人生が変わる東洋哲学 悩めるエリートを熱狂させた超人気講義』(マイケル・ピュエット、クリスティーン・グロス=ロー)

『ハーバードの人生が変わる東洋哲学 悩めるエリートを熱狂させた超人気講義』(マイケル・ピュエット、クリスティーン・グロス=ロー)を読んだ。

 儒教老荘、面白い。孔子曰く、「祭ること在(いま)すが如くし、神を祭ること神在すが如くす」。つまり儀礼は「かのように」行う。

 孔子曰く、人間関係の本質は儀礼です。例えば、夫婦が愛している「かのように」言葉を交わしているとき、まさに、お互い愛しあっているのにほかなりません。逆にうまくいかない関係は、コミュニケーションがダメなパターンに嵌まっています。口うるさい母と反抗的な子というパターンとか。そんなときには、ダメでない「かのように」。ダメなパターンを打破することができるのです。

2020年8月12日水曜日

『犬将軍 綱吉は名君か暴君か』(ベアトリス・M・ボダルト=ベイリー)

『犬将軍 綱吉は名君か暴君か』(ベアトリス・M・ボダルト=ベイリー)

『犬将軍 綱吉は名君か暴君か』(ベアトリス・M・ボダルト=ベイリー)を読んだ。

 超面白い。綱吉のファンになること必定。綱吉の評判が悪いのは、武士に嫌われたから。武士に嫌われたのは、儒教的仁政を理想とし、庶民を重視したから。その庶民重視の根は、当時の武士では例外的に母の影響を強く受け、母は八百屋の娘だったからです。

 また綱吉は中央集権を志向しました。家柄より能力で登用し(柳沢吉保等)、西洋史ならルイ14世風の絶対君主を目指しました。生類憐れみの令は、鷹狩りの縮小で大名が捨てた等の野良犬が十万匹も群れる江戸で、五代将軍綱吉と戦国的武士との衝突だったのです。

2020年8月2日日曜日

『科学革命の構造』(トーマス・クーン)

『科学革命の構造』(トーマス・クーン)

『科学革命の構造』(トーマス・クーン)を読んだ。

 パラダイム転換、面白い。読む前はポストモダン的というか、科学者は集団のルール内で考えるだけだ的な本かと思ってましたが、違いました。

 確かに、「チェスの問題を解こうと苦心する人は、チェスのルールについて考えない」としています。しかしむしろ、その解こうとする苦心、パラダイム内での通常科学こそを、科学の長所と評価しています。ルールの転覆(まさにコペルニクス)は外野からは目を引きますが、そもそも転覆が可能になるのは、つまり異常に気づくのは、通常科学による蓄積があるからこそなのです。