2025年6月24日火曜日

第44回読書会 『〈弱いロボット〉の思考』


『〈弱いロボット〉の思考 わたし・身体・コミュニケーション』(岡田美智男、講談社現代新書)の読書会を開催しました! 今回の読書会はちょっと、びっくりするくらい良かったです。

 本書曰く、会話は、「蟻の残した足跡」のように進むと。
 一つひとつのアイディアは、それぞれの学生から生まれてきたものであり、「あっ、なかなか鋭い!」とそれを学生の聡明さや発想力のようなものに帰属させてしまうこともできる。ただ学生に尋ねたならば、「いや、他の人の書き込みにつられて、たまたま思い浮かんだことなんです」などと答えることだろう。その発想を生みだせた要因は、学生たちの個々の思考とそれを取り巻く人とのあいだにわかち持たれたものなのだ。
 本書全体も「蟻の残した足跡」のように進むので、読書会も「蟻の残した足跡」のように進むのでした。

 今回の読書会は尋常じゃないくらい良くて、マジックリアリズムのように素晴らしかったんですけど、あまりに蛇行するので、記録できず!
 いつもは発言者と発言を特定して記録してるんですが、今回はできませんでした。なので話題や発言は概ねあったものですけど、順番などは創作も含んでます。
 「他者の想起内容と、自らの想起内容とがどこかで融合し、オリジナルはどちらなのかわからなくなってくる」という、本書に書いてあったことそのままの事態に!

 そんなわけですが、読書会の記録は次のとおりです。

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【Aさん】
 弱いロボットを蹴っちゃう子もいたりするんですけど、弱さというのがそのまま長所だとはいえないと思うんですよね。弱さが敬意や信頼につながってこそって、この本にも書いてあるけど、弱さが敬意や信頼になぜつながるかってことは、そんなに書いてない。

【Bさん】
 弱そうだと、かわいいからじゃない? これは日本人的なのかもしれない。日本のロボットはアトムもドラえもんも幼児体型だし。でもそうだとしても、弱そうだからかわいいとなるのは何でかっていう話にはなるか。

【Cさん】
 あと、かわいければいいのかっていう話にもなる。それで思い出すのは、『共感という病』(永井陽右)っていう面白い本があって、弱くてかわいくて困ってる子は助けてあげたくなるけど、キモくてハゲてて困ってるおっさんは誰も助けようとしないっていう。それでいいのかっていう。

【Dさん】
 なんでハゲw でもそれでいうと、よく考えたら、この本のロボットって、弱さとかかわいさを利用して他人を操ってるともいえますよね。

【Aさん】
 あー、それ思いましたね。誤解されたくないんですけど、弱さをあえて人前でみせるのを手法みたいに使う女性を思い出しました。

【Dさん】
 操る、なあ。そういえば、男性用の小便器のちょっと高い部分に777とかのシールを貼ったりする(飛び散りが少なくなって、清掃費用が少なくすむ)とかのテクニック、えー、なんだったっけ? 行動経済学とかの、無意識を使って社会を良くする的な。

【Cさん】
 ナッジかな。

【Dさん】
 そうそれ。ナッジについて書いてあった本(タイラー・コーエン『大格差』)に、「ナッジは良いものと捉えられているが、ナッジを設計する人が正しく判断するとは限らない」って。
 ていうか普通、無意識を利用して操るっていうのは、ヤなことのはずですよね。でもこの本はぜんぜんヤな感じがしないのはなぜだろう。

【Bさん】
 それはこの本に、制作過程が書いてあるからじゃないか。システムの狙いとかも含めて制作工程を楽しむような感じが、いいと思った。

【Eさん】
 私は、弱いロボットはブラック企業みたいだと思った。

【Dさん】
 ブラック企業!

【Eさん】
 人の善意を利用しちゃうという意味で。でも、そういう善意を利用するっていうのは、むしろロボットだからできるんじゃないかと思った。人が弱さを利用するって、やったらダメでしょう。そういう意味で、やっぱりロボットの可能性を感じた。

【Fさん】
 人が弱さを見せる、ねえ。弱さの見せ方もあると思う。この本にも書いてあるけど、どう困ってるか分かるかとか。
 昔は会社でヨタヨタしてる人がいたら、助けてあげようっていうより、イラッとした。でも今は助けてあげてる。昔はこっちに余裕がなかった。それを思うと、助けるようになるかは、弱さの見せ方にもよるけど、こっちに余裕があるかにもよると思う。

【Gさん】
 私も、会社で母をやってるw

【Fさん】
 できの悪い子と思えば、何でも許せるのよw

【Gさん】
 そうそう。優しくすると優しさが返ってくるから。優しさはお金のように回さないと。

【その他の印象的な発言】

【Hさん】
 私は街を散歩するのが好きなんですが、この本を読んで、街が私を散歩させる、と思った。

【Iさん】
 完璧に快適にしてもらうと、無駄なことをしたくなる。

【Jさん】
 ASIMOの「動歩行」は、むしろ倒れそうな力を利用するっていうんですけど、私の倒れそうな経験も力にすることができそうだと思ってよかった。弱いことはマイナスだけではないということが分かってよかった。


 今回のデザートはフレンチトースト! 自料理自賛ですが、けっこうおいしくできた!


 読書会って、本当にいいものですね。ではまた来月。


 (月1回土曜午前に読書会を開催しています。詳しくはココをクリック!)

2025年6月19日木曜日

第43回読書会 ビブリオバトル・テーマ「人間関係」


ビブリオバトルを開催しました。テーマは「人間関係」。やっぱ、なにもかも、人間関係ですよね! 豊作が期待できる…。

 以下の7冊が紹介されました。

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【1冊目】

『「人それぞれ」がさみしい 「やさしく・冷たい」人間関係を考える』(石田光規、ちくまプリマー新書)

 ようやく「人それぞれの社会」が到来したのに、息苦しくて生きづらいのは、世間の目で優劣をつけ個人の行動を縛る集団的体質は変わっていないから…ということを丁寧に解説してくれる本です。

 「親ガチャ/子ガチャ」を恐れて子どもを産まない選択をするようなエピソードがあったが、私も同様な恐れが大きかったけれど結局「案ずるより産むが易し」だった。リスクを避けて撤退するのと、リスクに飛び込める違いは、どこから生ずるのでしょうか。

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【2冊目】

『パワハラ上司を科学する』(津野香奈美、ちくま新書〉

 どういう状況だとパワハラが起こりやすいかなど、パワハラの様々な面について、データに基づいて明らかにしてくれます。このデータ重視が、とても好ましいです。

 著者はパワハラ防止の講師もしているんですが、受講者から、「何かパワハラになるか分からないので、部下にはあまり関わらないようにしようと思います」と言われることがあるらしいんです。でも著者によれば、それは全く誤解です。パワハラを最も起こすのは確かに支配型の上司なんですが、放置型の上司の下でもパワハラは生じやすい。適度な関わりが重要なんですね。

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【3冊目】

『夫に死んでほしい妻たち』(小林美希、朝日新書)

 夫に死んでほしい。実例がたくさん示されて、恐ろしい本です…。共働きなのに家のことは何もしない夫。投資に暴走して言うことを聞かない夫。離婚するより死んでくれたほうがお得。その他たくさん…。

 これは、残業などの日本の労働環境にも原因があるようなんですが、妻に死んでほしい夫はあまりおらず、夫に死んでほしい妻はたくさんいるということは、男性こそ、この本を読む必要があるということですよ…。ぜひ読みましょう。

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【4冊目】

『人間関係のレッスン』(向後善之、講談社現代新書)

 いい人でいようっていうのは、実は、いいことではないんです。

 いい人でいようという裏には、批判されたくないという気持ちがあります。でも、批判されたくないという気持ちは、しっかりした関係が築けないことにもつながって、最終的には失敗しがちです。しかも難しいのは、いい人は、特に幼少期に親の顔色をうかがって危険を回避してきたという、ある意味で成功体験があるために、失敗を認識しにくくなってしまっているんですね。

 その他も、人間関係についてとても実践的な本で、お勧めです。

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【5冊目】

『人はなぜ集団になると怠けるのか 「社会的手抜き」の心理学』(釘原直樹、中公新書)

 1対1で綱引きをしたときにその人が出す力を100とすると、2人対2人では93に下がります。そして8人対8人でやると、人はなんと、50の力しか出しません。
 ブレインストーミングは多くのアイデアを生みそうで、もてはやされていますが、実は一人一人がそれぞれアイデアを出すほうが、アイデアの量も質も上回ります。

 本書には、解決案も載っているのがいいですね。ブレインストーミングなら、途中から1人ずつ、参加人数を増やしていくなどです。

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【6冊目】

『〈弱いロボット〉の思考 わたし・身体・コミュニケーション』(岡田美智男、講談社現代新書)

 この表紙の赤いロボットと青いロボットは、ゴミ箱ロボットです。なにをするかというと、ゴミにヨタヨタ近づいていって、その周りでマゴマゴします。マゴマゴするだけ。だけどそれを見るとつい、きれいにしてしまうんですね。

 ロボットは高性能であればあるほどいいはずですが、例えば高性能お掃除ロボットがいたとすると、ちょっとゴミが残っているだけで、憎しみまで生じてしまいかねません。ちなみに、ルンバが性能が低かったころからヒットしたのは、そのお世話感がいい感じだったのではないかと。著者によれば、ロボットも、関係性のなかで考えるべきだというのです。面白いです。

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【7冊目】

『会話を哲学する コミュニケーションとマニピュレーション』(三木那由他、光文社新書)

 会話というのは、言葉を媒介にして思いを伝えるもの、ではないというのです。

 例えば『パタリロ』では言葉とは逆の約束ごとが発生していますし、『同級生』では、好きだという思いは伝わっていても、「好きだ」と言ってほしい気持ちが表現されています。

 私は、学術書しか読まないし、腹芸が分からないし、情感がないんですが、そんな私でも、文芸って、やっぱりいいなあと。ぜひみんなで読んでみたい本です。

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 さてチャンプ本は…、『人はなぜ集団になると怠けるのか』、『〈弱いロボット〉の思考』、『会話を哲学する』の3冊の決選投票となり…、『〈弱いロボット〉の思考』がチャンプ本となりました! ワーワー!

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 料理のほうは新作、ムール貝ワイン蒸しです。なかなかいいのでは。

 では次回は、『〈弱いロボット〉の思考』の読書会です! 実に面白そう。来月も楽しみです。ではまた。


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2025年1月6日月曜日

第42回読書会 『独ソ戦』


新書読書会「連鎖堂」を行いました。今回の課題本は『独ソ戦 絶滅戦争の惨禍』(大木毅、岩波新書)。新書大賞受賞の実力はいかに?

 結論から言うと、『独ソ戦』、ものすごくお勧めです。このテーマなのに興味深すぎて高速で読めちゃいますので、今こそ本当に、ぜひご一読を。

 以下、参加者から出た意見です。

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Aさん

 この本で最も驚いたのは、セヴァストポリ要塞攻略戦が、2行で書かれていたこと(135頁)。戦記物の読者としては、衝撃です。スターリングラード攻防戦に次ぐくらいの重要な戦闘で、ゆうに一冊書けますよ。

 この本の冒頭(ⅶ頁)にも書かれていますが、戦記物はドイツ軍将校の書いた文章をもとにしていることが多いので、戦記物読者は、ドイツ軍はヒトラーに妨害されて負けたと考える傾向があります。私も、ドイツ軍に責任がないとまでは思っていませんでしたが、ドイツ軍史観に影響されていたのだなと分かりました。

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Bさん

 1941年6月に対ソ開戦して、同年10月には独ソとも既にボロボロ、「グロッキーになった二人のボクサーに似たありさま」(72-73頁)なのに、それから3年半ももっと悲惨な戦闘を続けるというのが、すさまじい。

 スターリングラード駐留ドイツ軍は、ヒトラーの死守命令に従ったために包囲され、壊滅に追い込まれつつあった。ヒトラーは司令官パウルスを元帥に進級させ、「プロイセン・ドイツ軍の歴史において、元帥が降伏したことはない。元帥となったパウルスも最後まで戦うだろうとヒトラーは信じたのである」。ところがその翌日、パウルスとドイツ軍はソ連軍に投降、ヒトラーは激怒。パウルスは捕虜となった後、ナチス批判に傾き、「ついには、投降した将校を以て『ドイツ解放軍』を結成するとの案を出したが、ソ連側が、この計画を顧慮することはなかった」(164頁)。
 不謹慎だが、あまりに滑稽なので笑ってしまった。

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Cさん

 ヒトラーとスターリンのキャラクターがやはり印象的です。

 ヒトラーとスターリンがヨーロッパを支配するもう一つの世界を描いた『青い脂』(ウラジーミル・ソローキン)を読んでいるんですが、この二人の独裁者が手を組むという歴史ifものはよくあります。
 しかし、ヒトラーとナチス・ドイツの、劣等人種(ウンターメンシュ)視が実際とても強くて(ⅳ頁、81頁ほか)、ヒトラーとスターリンのタッグはifとしても成り立たないんだなということがよく分かりました。

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Dさん

 自らの粛清によって弱体化したソ連と、「快進撃」だけで補給を考えないドイツとの間で延々と続く悲惨な戦闘を読んでいると、栗城史多さんを思い出しました。熱く語って皆が賛同したストーリーに自ら囚われて、引くに引けないまま死地に赴くありさまが。

〔栗城史多(くりきのぶかず):「夢の共有」を掲げて華々しく活動し、毀誉褒貶のなかで滑落死した登山家。メディアを巻き込んで繰り広げられた彼の「劇場」(河野啓『デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場』紹介文より)〕

 星新一曰く、「戦争の真の恐ろしさは、殺人、飢え、破壊、死が発生するからではない。全員がいつのまにか画一化された思考になり、当然のことと行動に移すことにある」。本書を読んで心から同意できました。

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Eさん

 悲惨さがものすごいですが、これはイデオロギーとナショナリズムの融合によって生じた(220頁)というのが、最も印象的でした。ナショナリズムは、人々を盛り上げるには好都合ですが、それはどうやって止めるのか、と思います。そしてこの融合が、相手を人間と思わないところまでエスカレートさせています。

 『ブラッドランド ヒトラーとスターリン 大虐殺の真実』(ティモシー・スナイダー)を読んだときも思ったのですが、本書でも随所に書かれているように、この非人間性が、降伏するという選択肢を消してしまいます。そしてこれが、さらに悲惨を呼んでいるようです。

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Fさん

 5頁のスターリンの大粛清などスターリンもヒトラーも馬鹿だと思えてしまう。50頁の「ロシアはフランスではないと思い知らされる」の記述には、「民族によってそんなに違うのか?」と考えさせられた。2人についても、当時世界情勢全体についても自分が知らなさすぎることに今回気づいたので、次はヒトラーの生涯を書いた新書『アドルフ・ヒトラー 「独裁者」出現の歴史的背景』(村瀬興雄、中公新書)を読もうと準備している。

 『独ソ戦』の内容は教科書に載せて若い人にも学んで欲しい。

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Gさん

 戦争は、どうしても戦わざるをえない状況に追い込まれて始まる、のではない、と本書を読んで思いました。3章にあるとおり、戦争は非合理的な思考から始まっています。

 大学のころ、担当する主張をランダムに振り分けられたうえで、その主張を根拠づけるように論じ合って優劣を競うという、法学ディベートの授業がありました。
 今でも印象に残っているのが、憲法9条がテーマになった回です。私は当然、平和を重視する側が勝つと思っていたのですが、平和が大切というだけでは考えが足りていないということを思い知らされました。本書を読んで、戦争について考えるということを学べたと思います。

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Hさん

 戦記を読んだのはほぼ初めて。これほど面白いとは。しかも本書では同時に大局観も得られます。

 電撃戦が印象的です。電撃戦とは、突進部隊が、側背を顧みずに突進し、指揮・通信・兵站上の要点を覆滅、相手の抗戦能力をマヒさせたところで、後続の通常部隊に残存する敵部隊を撃滅させるという戦術。たとえるなら、巨人の神経や血管を切るもの。なるほど。

 そしてもっと印象的なのが、「ロシアはフランスではなかった」。現場のソ連軍部隊は、指揮系統を混乱させられ、補給路を断たれても、なお頑強に戦いつづけた。また、電撃戦を可能としてくれるはずの、舗装道路も、自動車用ガソリンスタンドも、ほとんどなかった。悲惨な泥仕合の要素が揃っています。

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Iさん

 前回この本を紹介したんですが、皆さんの評価が高くて、紹介して良かったです。

 この本はとても読み甲斐がありますが、写真も印象的ですね。地面を埋め尽くす戦死者の写真(165頁)や、地平線の果てまで捕虜が並んでいる写真(106頁)等。

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 料理の写真は、パプリカとマイタケのマリネ。あと、ちょっと調理方法を変えてみた24時間低温調理豚バラ肉が好評で嬉しかったです。

 しかし、すごい新書でした。こういうのが新書の醍醐味だ。ではまた来月!


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2024年7月7日日曜日

第41回読書会 ビブリオバトル・テーマ「大戦期ドイツ」

 

新書読書会「連鎖堂」、ビブリオバトルをおこないました! テーマは「大戦期ドイツ」です。今こそあの時代を考えたい。

次の7冊が紹介されました。


【1冊目】

『独ソ戦 絶滅戦争の惨禍』(大木毅、岩波新書)

 独ソ戦は、双方のプロパガンダのために事実が表に出ず、まだしも分かりはじめたのはソ連が崩壊してから。しかし我々は今も、プロパガンダ時代の言説や、個人の戦争体験の物語に影響されています。本書で事実を知ることができる。全ての記述が印象的ですが、やはり悲惨さがすごく響きます。

 さらに、読んでいてぞくぞくしたのですが、歴史なのに、まさに今とオーバーラップするんです。というのも、独ソ戦の主な戦場がウクライナだからです。本書の刊行は2019年でウクライナ侵攻より前ですが、書かれる地名や、やっていることが、ウクライナ侵攻にかぶるのです。今こそ読みましょう。


【2冊目】

『悪と全体主義 ハンナ・アーレントから考える』(仲正昌樹、NHK出版新書)

 全体主義というのは、「大衆の願い」を政策にしたもの。この大衆の願いというのは、安心させてくれる、わかりやすい物語です。そして本書によれば、わかりやすさには危険がある。わかりにくさに耐える必要があるというのです。

 本書はNHK100分de名著をもとにしたもので、あの分厚い(3冊合計1300ページ!)の『全体主義の起原』をコンパクトにまとめてくれています。お得です。ただ少し背反するんじゃないかと感じるのが、わかりにくさに耐えろといいながら、本書はとてもわかりやすいんですね。やっぱり『全体主義の起原』を読まないとな、と思いました。


【3冊目】

『ヒトラー 虚像の独裁者』(芝健介、岩波新書)

 ヒトラーのせいだ、ヒトラーの責任だというのとはわかりやすいストーリーですが、本当にそれだけか。というのも、ヒトラーが大衆とともにあった、大衆がヒトラーを支持したという事実はあったからです。しかも私が思っていたよりも、その期間が長かった。敗戦が現実化してくるまで、支持があったようです。

 もちろん本書にはヒトラーの妄想や、ヒトラーだったからこその悪という面も書かれてはいますが、私は違う視点も得られたと思いました。


【4冊目】

『ヒトラーの時代 ドイツ国民はなぜ独裁者に熱狂したのか』(池内紀、中公新書)

 ドイツの一般人のなかには今も、ヒトラー統治時代を懐かしむ層が根強くいるという報道に接し、手に取ったのが本書です。

 ヒトラーが大衆に支持された背景として多額の賠償金、むごいインフレなど将来が展望できないような経済状況があった。そんな中で、ヒトラーの小気味の良い、二者択一を迫っていくようなスピーチが大衆には人気があった。
 ヒトラーは政権を握ってから当初の4年間は効果的な政策を連発し、仮にそこで他界していたらドイツ憲政史上もっとも有能政治家であったという評価が紹介されていた。ヒトラーが行った政策の中では、歓喜力行団(かんきりきこうだん)という、労働者に対して安価で質の良い旅行を提供するというものが、ナチス支持にもっとも大きなインパクトを与えたようだ。


【5冊目】

『ナチスと隕石仏像 SSチベット探検隊とアーリア神話』(浜本隆志、集英社新書ノンフィクション)

 皆さんヒトラーですが、私はヒムラーで。親衛隊隊長ヒムラーがチベットへ探検隊を派遣して発見したという、仏像(表紙の写真)から始まる謎についての本です。

 ハーケンクロイツがしるされた仏像は、どうやら本当に隕石からできているようですが、これはいったいどういうものか? アーリア神話のルーツを示すのか? 仏像なのにズボンを穿いている? ルーン文字? 研究機関アーネンエルベ? というか、第二次世界大戦開戦1年前にチベット探検してる場合か?

 ヒムラーは農学部の出身で、家畜のように人間を育種する構想まで持っていたというのです。ナチスのオカルト的側面がわかって、とても面白いです。


【6冊目】

『1918年最強ドイツ軍はなぜ敗れたのか ドイツ・システムの強さと脆さ』(飯倉章、文春新書)

 ドイツの特徴は、その容赦のなさ。長子相続に由来する権威主義が、軍隊の運用に向いていて、強いです。日本も長子相続で権威主義がありますが、和を以て貴しとなすという面もあります。ドイツには和はありません。欲望も剥き出しです。

 そうすると弱点は、まず作戦を共有しない。それから、弱いはずものが服従してこないと、ショックを受けて気を病んでしまう。そしてだんだん内側から崩壊してしまうというのです。とても説得的と思いました。


【7冊目】

『ヒトラーとナチ・ドイツ』(石田勇治、講談社現代新書)

 ヒトラー政権当時を追体験できるような、臨場感ある新書です。自分が当時ドイツに住んでいたとして、ヒトラーの台頭を防げたのか、と考えるんですが、実際、無理だったろうなと。

 ヒトラーの、最初は暴力で勢力拡張し、政権を取ったら専門職や経済エリートも取り込むという手並みが、防ぎにくい。逆にいうと、ボランティアで散々使われた挙げ句に、政権を取ったら秩序維持のために粛清(レーム事件)されたSA(突撃隊)の無惨さが印象的です。


 以上7冊、なんか物凄いラインナップですが、投票の結果…、

 『独ソ戦』がチャンプ本、イコール次回読書会の課題本になりました。おめでとうございます! 新書大賞受賞の新書の実力はいかに? 次回乞うご期待!
 あと個人的には、ちょっと変化球の『ナチスと隕石仏像』が気になる。


 料理のほうは、新作のエリンギガーリックバターが好評でした。

 いい新書が集まる…。自会自賛ですが、うーん、いいですね。また来月!


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2024年5月4日土曜日

第40回読書会 『ルールはそもそもなんのためにあるのか』

『ルールはそもそもなんのためにあるのか』(住吉雅美、ちくまプリマー新書)

『ルールはそもそもなんのためにあるのか』(住吉雅美、ちくまプリマー新書)の読書会を行いました! 初めての方にも参加いただき、嬉しかったです。

 課題本は法哲学というハードル高めの分野。でもちくまプリマー新書で読みやすいので貴重です。私は弁護士ですが、普段の業務(欠陥住宅訴訟が多い)では事実認定に注力するので、法哲学なんか考えないぞ! なのでこの本は新鮮で(笑)、すごく面白かったです。

 ルールについては喋りたくなるので、読書会も盛り上がりました。以下、参加者の意見です。

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【Aさん】

○ 著者は、リーグ戦の次戦の日程を有利にするために引き分け狙いの試合運びをすることを、フェアプレーのルールから批判してます(50-54頁)。でも、スポーツというのは、戦略も競うものでは? 私はこれがルール違反だとは感じないです。

○ エスカレーターの左側開けルールがなかなか変わらないって書いてあります(第6章)が、アイデアがあります! エスカレーターの一段一段の段差をすごく高くすれば(スキー場のリフトみたいな感じ。ステップの広さは車いすやベビーカーが乗れるくらい広くすると便利)、歩けなくなって一発で解決。システムのほうを変えて対応するっていう手があります。

Bさん そうすると、非常時に通れなくなっちゃいません?

○ じゃあ、簡単には上り下りできないけれど頑張れば上り下りできるぐらいの高さで! あと、横に階段を設置するのは必須ね(急ぐ人は階段使えルール)。

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【Bさん】

○ 反婚の考え(法的制度としての結婚そのものが不要。第4章)が、最も興味深いです。特定の結婚の仕方を法的に承認する制度があるから、どういう形態でないとダメとかイイとかいう問題になる。でも、結婚の制度がなければ、そもそもそういう不毛な話にならない。
 これはベーシックインカムにも通ずる話で、一律に給付すれば、給付のための基準は問題にならない。
 基準がなくてもやっていけるほど十分な資源があるなら、基準はいらないと思います。

○ アナーキズムであっても生じる秩序っていうのも、興味深い。ロールズの「二つのルール概念」論文で提示された「実践的見方」を援用している論述(56頁)とか。

 ただここで、この本にはけっこう大きな間違いがあって、参考文献に挙げられてるロールズの本は1冊、『公正としての正義 再説』(岩波現代文庫)だけです。でも「二つのルール概念」論文が収められているのは『公正としての正義』(木鐸社)であって、『再説』のほうは、主著『正義論』への批判に回答する内容の全く別の本です。こういうことをやられると、ロールズをちゃんと検討してるのかなと思ってしまって、信頼性が落ちるなあ。

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【Cさん】

○ 大学で、民俗学をとったんですけど、担任の先生は折口信夫先生の弟子のひとでした。
 担任の先生経由で折口信夫先生の調査を聞いたんですが、明治の終わりころだと、祭りの後などに乱交の風俗があって、父親が分からないということもよくあったとか。でも子どもは育っていく。父母だけで育てるというのではなくて、もう少し広いコミュニティで子育てするというのもありうることだなと思います。

○ 殺し屋に追われた親友が自分の家に逃げ込んできて、殺し屋から「逃げ込んできてないか」と問われたときに、それでもカントは、嘘をつくべきでないというんですね(44-47頁)。
 こういう状況になった時にどちらを取っても後悔するような気がして選択が難しいけれど、カントのような考え方もあるんだと思いました。

 Bさん その設例はカント研究者の間でもとても問題になっていて、嘘はつけないんですが、殺し屋と戦うというのは普遍ルールからアリですし、また、答えないというのも普遍ルールからアリっていうことのようですね。

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【Dさん】

○ 公共性と普遍性(41頁)について、ルールが示す価値観とは異なる価値観を持つ人に対しても、そのルールを守りなさいと言える根拠はなんだろう、というのが、最も考えさせられたところでした。多数決でルールを作るとすれば、全員の価値観に合致するルールを作ることは難しい。そうすると、価値観に関わるルールは最小限にしたほうがいいのかな、と思いました。

○ 法律家としては、価値観は時代と共に変化していくものなので、ハーバート・ハートが第2次的ルールとして「変更のルール」を挙げているのが興味深かった。(32頁)

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【Eさん】

○ 自然発生するルールという考え方が、とても面白かったです。ただ、ルールの設定者に都合のいいルールが成立するということは、やっぱりあるように思って、ジレンマを感じます。

○ また、ルールは普遍的であるべきとあって、私もそう思っていたんですが、状況が変わるとルールが変わる事例があるというのにも、なるほどと思いました。例えば「津波てんでんこ」では、弱いものを助けるというルールが避難を遅らせて被害を拡大するので、各自が高台を目指すというルールが成立しているとか(25-26頁)。

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【Fさん】

○ 著者のようにアナーキズムに立っても、合理的・功利主義的でないルールもあり得るというのが、最も面白かったです。サッカーで、弱いほうは手を使ってもいいというんでは、サッカーというゲーム自体が成り立たない。ゲームを成り立たせるためのルール(56-58頁)という視点を得ました。

○ 著者は、道徳とルールを混ぜるのが嫌いみたいで、私も嫌いなんですが、でも実務法曹としては、こんなことは許せん!という、道徳とルールを混ぜてるような人々こそが、ルールを支えている側面は否定できないと思うんです。

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【Gさん】

○ 長く生きていると、ルールがゆるやかに変化していくのを見ることができます。エスカレーターができてルールがなかったころから、左側開けのルールに変化して、それから歩かないルールへ、もうすぐ変化するのかな。電車の整列乗車だって、昔の大阪では誰もやってなかったんですよ。

○ この本全体の感想として、答えを明確にしないというか、踏み込みが浅いというか、ツッコミどころが多い。でもそういう本がむしろ読書会には向くんだな、というのを強く感じました。

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 議論百出で面白かった! 今日の料理は低温オーブン(100℃90分)で焼いた豚バラ、あとチキントマトクリームスープ。ではまた来月!


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2024年2月4日日曜日

第39回読書会 ビブリオバトル全国大会予選+エキシビション・マッチ「笑える本」


ビブリオバトル全国大会inいこまの予選 +エキシビション・マッチ「笑える本」を行いました。さすが全国への予選、渾身の一冊が紹介され、大接戦となりました!

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 しかし今回思ったんですが、連鎖堂のビブリオバトルでは、質問がたくさん出るのが嬉しいですね。

 私はなぜか質問がいくらでも出てくるので、また、どんな場所でも喋れるので、会場によっては私ばっかり質問しているみたいになることもあります。でも連鎖堂でのビブリオバトルでは、私が質問できないくらい、たくさん質問が出るのです。

 これはなぜかと尋ねれば、会場(キッチンスペース)の親密感というか、狭いけど賑わってるスナックみたいな密集感がいいのかもしれません。本日の参加者は10名でしたが、10名だと本当に満員です。

 私は、図書館の入口近くなど、オープンスペースで行うビブリオバトルも好きなんですが、本に集中するならやっぱりクローズドなのかもしれない。

 さて本題、紹介された本は以下のとおりです。

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【1冊目】
『親ガチャの哲学』(戸谷洋志、新潮新書)

 親ガチャという言葉は、絶望を呼ぶのではないか。親ガチャに外れたから、もうだめだという。

 そんな消極に対してハイデガーばりに主体的決断を強調すると、こちらは自己責任論を呼んでしまう。

 著者によれば、ソーシャルミニマム(最低限の生活)の保障が重要だというのですが、なかでも対話の場へのアクセスの保障を重視するところが、哲学カフェやビブリオバトルの実践者である著者らしい視点でした。

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【2冊目】
『ルールはそもそもなんのためにあるのか』(住吉雅美、ちくまプリマー新書)

 連鎖堂にふさわしく、意見百出で議論が盛り上がりそうな新書を持ってきました。

 男性が家で小用を足すとき、便座に座らなければならないでしょうか。
 エレベーターでは左側(大阪)を開けなければならないでしょうか。
 マスクはしなければならないでしょうか。

 ルールには、一方では強制する力が必要なようです。しかし他方ではナッシュ均衡により自然に収束していく面もあるようです。

 著者は還暦過ぎの女性の法哲学者ですが、隙あらばガンダムや刃牙の話題をブッ込んでくるところも読みどころです。

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【3冊目】
『怪談の心理学 学校に生まれる怖い話』(中村希明、講談社現代新書)

 怪談を心理学から研究するのが珍しい。怪談の広がり方の調査が面白いです。例えば、流言の広がる速度の速さ。戦前でも、札幌から東京まで1日で伝播したとか。

 怪談は広がると変形しますが、尾ヒレがつくというよりも、核心部分が強調されたり意味づけされたりするようです。覚えやすく、興味を引くように語れるほうが広がるためです。
 人は意味を求めてしまう。実験によれば、意味のない図でも、人が写しとっていくたびに意味が加わってしまい、最後にはフクロウになったりするのです。

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【4冊目】
『鳥獣戯画の世界』(上野憲示監修、宝島社新書)

 「へーっ」と何度も言ってしまうこと請けあいの新書です。

 あのウサギとカエルだけが鳥獣戯画ではないですよ。そもそも甲乙丙丁と続いていて、もっとリアルな鳥獣も描かれています。
 作者の謎も面白いです。宮廷絵師系統なのか、仏師系統(特に密教系)なのか。その謎に、歴史や、絵のタッチからも迫ります。

 日本の漫画の原型とも言われる鳥獣戯画を堪能できるようになる新書、とてもおすすめです。

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【5冊目】
『宮部みゆきが「本よみうり堂」でおすすめした本』(宮部みゆき、中公新書ラクレ)

 ビブリオバトルに参加する前には、新聞の日曜日の書評欄を楽しみにしていました。特に宮部みゆきさんの書評を。印象に残ってる本は、絵本の『ゾンビで学ぶAtoZ』とか。

 ミステリへの書評だけでなく幅はとんでもなく広いです。彼女の平場の文章がいかに分かりやすいか、核心を衝いているか、味わってほしい。ビブリオバトルでの紹介の仕方の参考にもなると思います。

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 さて投票です。今回は特に素晴らしい新書が揃い、選ぶのにとても迷いました。皆様そうだったようで、大接戦にもつれ込み…、今月のチャンプ本、イコール全国大会へのチャンプ本は…、『そもそもルールはなんのためにあるのか』に決定しました! ワーワー! おめでとうございます!

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【エキシビションマッチ!】

 続きまして、エキシビションマッチ。テーマは年末年始に向けて、「笑える本」です。こちらの紹介はコンパクトに。

【1冊目】
『まるで本当のような嘘の話』(トキオ・ナレッジ、ワニブックスPLUS新書)
 ぐっすりの語源はグッドスリープ。嘘。

【2冊目】
『思わず考えちゃう』(ヨシタケシンスケ)
 あの人に、どうにかして後悔してもらいたい。

【3冊目】
『ロスねこ日記』(北大路公子)
 ネコがいなくなって寂しいなら、シイタケを愛でればいいんじゃないですか。

【4冊目】
『世界のマネージョーク集』(早坂隆、中公新書ラクレ)
 トムはジョージから100ドル借りたが、返すお金がない。そこでジョージに返済するため、マイクから100ドル借りた。マイクへ返済する期日が来たが、トムはやっぱりお金がない。そこでマイクへ返済するため、ジョージから100ドル借りた。ジョージへの返済期日には、またマイクから借りた。これを何度か繰り返した後、トムはジョージとマイクに言った。「もう面倒なので、あとはジョージとマイクでやり取りしてくれないか」 HAHAHA!

 チャンプ本は『世界のマネージョーク集』! HAHAHA!

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 今回の料理は、新作のサバトマトチーズスープなど! おいしいと言っていただけて嬉しかったです。

 いやー、今回の新書は素晴らしかった。終わった後この文章を書いているときも幸せを感じるほどです。ではまた! 


 (月1回土曜午前に読書会を開催しています。詳しくはココをクリック!)

2023年12月17日日曜日

第38回読書会 『構図がわかれば絵画がわかる』


 読書会と美術館観覧を、合体! 「構図がわかれば浮世絵が分かる」を開催しました。土曜の午前から、『構図がわかれば絵画がわかる』(布施英利、光文社新書)の読書会を行い、そのあと大阪浮世絵美術館に皆で行って観覧、という試みです。

 結果、すごく楽しかったです!

 読書会には、課題本のほか、お気に入りの画集もお持ちいただきました。これも大当たりで、お気に入りの画集を持ちよって見せ合うと楽しい、ということが分かりました。
 構図がわかると、絵が違って見える。お気に入りの絵もさらに深く鑑賞できるようになるのです。

 以下、読書会で出た意見です。ページ数は『構図がわかれば絵画がわかる』のページです。

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【Aさん】

 永井豪が描く、大量の悪魔が復活する場面は、逆さにした《紅白梅図屏風》にそっくり。逆三角の曲線で。この逆三角形(54頁)は、ムンクの《叫び》と同じ効果ですよ。悪魔復活の不安感がすごいと思ったら、そういう秘密があったとは。

『画業50周年突破記念 永井GO展 展覧会図録』掲載

《紅白梅図屏風》

《叫び》

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【Bさん】

 光文社新書のこの表紙、「三角形」(50頁)が絶妙です。で、思考実験としてこの「白黒」(184頁)を反転してみると、おそらく黒が下側だと安定しすぎるんじゃないか。
 また、アランちゃんの位置も絶妙で、上から3分の1程度の、この「点」(11頁)にいるしかない。白い部分とか、もっと上にいたら、締まらないと思います。
 加えて、アランちゃん後ろにある影、地平線も絶妙。こんなに小さいのに「水平」(38頁)を感じさせます。

 構図に気をつけて改めて見ると、装幀のアラン・チャン(香港のデザイナー)、さすがと思いました。


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【Cさん】

 パオロ・ウッチェロ(ルネサンス初期イタリアの画家)が好きで、本書で紹介されている《森の狩人》も素晴らしい。


 私が特に好きな、ウッチェロ《聖ゲオルギウスと竜》にはバージョンが2つあります。



 私は上の絵がいいと思うんですが、この絵でポイントとなる槍が、上の絵では「対角線」(41頁)になってます。これが効いてるんじゃないか。下の絵は上の絵よりも、全体にちょっとボヤけた感じを受けます。

 同じ画家の同じテーマの絵なのに、構図でやっぱり違いますね。

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【Dさん】

 切り絵作家の藤城清治さんが好きで、展覧会にもよく行ってます。以前、展覧会のアンケートに答えたら、事務局から「藤城さんがアンケートのお答えに喜んでいます」というお手紙とカードが届いて、とても嬉しかったです。

 特に好きな《アリスのハート》は、切り絵で生まれる光と影で遠近感が出ていると思います。真ん中のハートや木の形は「逆三角形」(52頁)の技術が使われていて、緑とオレンジなど補色の技術も発見できました。


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【Eさん】

 一つの絵の中で「時間」の経過を表す技法が、西洋にもあります(126頁)が、日本の絵巻には、まさに時間が描かれます。

 国宝《信貴山縁起絵巻》は通常の絵巻同様、時間は右から左へ進むんですが、「剣の護法」という童子の登場シーンから次の行動シーンは左から右へのコマ割りで展開されます。このように時間の流れが交錯するため、童子の存在はとてもインパクトがあるんです。


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【Fさん】

 山口晃の画集を持ってきました。この、絵巻物みたいな絵が大好きなんです。

 山口晃の絵は細部こそが主役という感じなんですが、『構図がわかれば絵画がわかる』を読んで、全体の構図も素晴らしいと気づきました。
 《大阪市電百珍圖》では逆三角形の構図(52頁)が大阪市を浮遊させるような効果を生んでいると思いますし、《當世おばか合戦》では円の構図(76頁)が永遠を顕しているのでは。

《大阪市電百珍圖》(ウェブ上に全体図はアップされていないようです)

《當卋おばか合戦》


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【Gさん】

 佐伯祐三が好きです。

 《下落合風景》に描かれた電柱、真ん中の一番高いものは「垂直」(19頁)ですが、その他の電柱は中央に向かってやや傾いています。《パリ雪景》の家屋も中央へ傾いてる。これはあえて垂直を外すことで、奥行き感を出そうとしたんでしょうか。



 本では、セザンヌ《セント・ヴィクトワール山とアーク川渓谷の橋》について、画面の左右での「複数の視点」が指摘されてます(113頁)。
 佐伯祐三《勝浦風景》は、画面の上から下へに、「複数の視点」があると思いました。絵の下のほうには崖から見下ろした船が描かれ、絵の上のほうは遠くを見た波や水平線が描かれているのに、絵の全体としては一体感があります。まさに海岸に立って海を見ているようで、凄いと思います。


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【Hさん】

 私は、なんといってもビアズリー推しで。100年くらい前に出版された、オスカー・ワイルド『サロメ』の現物を持ってきました。やっぱり本はガラスケースの中じゃなくて、手に取れないと。

 「垂直」(19頁)が強いです。服の襞のラインも横の要素がなく、シルエットも縦に長く見えます。血がしたたり落ちる「垂直」も印象的です。



 《プラトニックな歎き》では、「垂直」とともに、「水平」も効果的に用いられています。人体の「水平」は、死を感じさせると書かれていますが(34頁)、この絵にはまさに、死が強く漂っています。


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 読書会の後は、皆で大阪浮世絵美術館「二人の天才 -葛飾北斎・月岡芳年-」展に行きました。心斎橋のど真ん中にあるコンパクトな美術館です。しかし、構図の本を読んだ後に北斎・芳年を観に行くっていうのは、大正解でした。

 いまさらかもしれませんが、北斎の構図、絶妙ですね。《甲州石班沢》の、富士山の稜線と漁師の投網が共鳴するような構図の素晴らしさ。
 分かりやすいといえば分かりやすいですが、『構図がわかれば絵画がわかる』を読んだからこそ、北斎の構図の妙を、より強烈に感じたのですよ! きっと!


 さらにそのあと喫茶店に行って、シフォンケーキを食べながら、絵画談義をするという…。

 とても面白かった! えもいわれぬくらいの、読書会的満足を得たのでした。

 ではまた。


 (月1回土曜午前に読書会を開催しています。詳しくはココをクリック!)