2026年1月19日月曜日

第46回読書会 『土葬の村』

『土葬の村』

『土葬の村』読書会を開催しました。本も面白かったですが、葬儀のような、人によって実は大きな違いがある経験を話し合うというのも、実にいいですね。これも読書会の醍醐味だと思います。

 出た意見は次のとおりです。

【Aさん】

 30年くらい前、奈良県での親族の葬儀は、土葬でした。この本に書いてあるとおり(25ページ)、埋め墓と参り墓の両方がありました。

 埋め墓では、一家で使えるスペースは限られているので、掘っていると普通に骨が出てくるんです。それでみんなが「あれは○○さんの骨やろか?」「いや、もっと古いから○○さんちゃうか?」って話すんですよ。中学生だったので、他に葬儀の経験がそんなになかったこともあり、骨が出てきてもそんなものかと思っていました。

 家系に長寿の人が多かったので、文化というか何かしらが受け継がれてきたというのもあるかもしれません。

 66ページ「この時期〔新型コロナ〕だから自粛で人を呼べないということもありますが、そうでなくても縁故関係が疎遠になってきている。それが土葬が減った理由です」の部分。人が亡くなるにあたってそれに纏わることは人間にとって大事なことだと思うので、その大事なものがコロナ禍で失われたのだと思うとショックでした。

○ 理想の弔われ方は、できたら陽の光や風を感じるようなところに埋められたいかな。

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【Bさん】

 170ページ、「お骨上げのときまだ温かい骨を手につかみ、火葬役の働く姿を遺骨とともに子どもに見せることがある。顔をしかめる大人もいたが、なんの衒いもなく子どもに見せることが、とりもなおさず人が死ぬことの意味をまっすぐ伝えることだ」

 これを読んで、30年以上前に祖父がなくなったとき、叔父が子供たちに祖父のほっぺたを触らせて、硬くなっていることや、冷たくなっていることを教えていたのを、まざまざと思い出しました。

○ 理想の弔われ方は、献体。私は献血が趣味っていうくらいで、最期も社会に貢献しようと思って。ちなみに、献体も、最後は火葬なんですよね。

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【Cさん】

 民俗が印象的。例えば285ページ、「モノオイ」のかけ声、「アネアネ!」「クネクネ!」「タマタマ!」「ワー!」とか。

 39ページの「巫女聞き」も。「ああぼちぼち乗り移ってきたわ」とか言う。あと、巫女聞きから帰ってきたときの定型どおりの答えが、「あほらし、こんなこと二度とせんわ」というのもなんか笑える。

○ 理想の弔われ方は、子どものころに遊んでいた雑木林に、そのまま埋められるというのがいい。この本みたいなコミュニティの中での土葬っていうより、元素から自然に還りたいみたいな。

 Gさん 散骨とはちょっと違うか。樹木葬に近いような。

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【Dさん】

 「ムダをすることが供養になる」(82ページ)というのがなるほどと思った。

 親しい人に前触れなく失踪されたりすると、のこされた人は、気持ちを処理できない。弔うということは、なにかムダなことでもして、世界をその人がいない世界に再調律するものなんじゃないかと思いました。

 さっきCさんが言っていた、巫女聞きの「あほらし、こんなこと二度とせんわ」という定型の答えは、死者の声が聞けるという非日常の世界に執着してしまわないための一種の分離儀礼なのでは。

○ 理想の弔われ方は、現実にはあまりこだわらないんですが、妄想としては、完全消滅したい。Cさんみたいな元素がめぐるっていうのじゃなくて、元素レベルまで完全消滅したいんですよね。反物質で対消滅させれば可能かも。

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【Eさん】

 21ページ、「おそらく私が南山城村の土葬の最後の導師なのでしょう」というのが印象的でした。もう送るコミュニティがなくなっているんだろうなと。

 知人が亡くなったとき、葬儀社やお坊さんには全く頼まずに、仲間でバンドを入れて弔ったことがあった。祭壇も自分で作って。これはとても印象に残ってますね。皆で送るという感じになるし。

 Gさん お坊さんにも色々いて、明らかにエンターテイメントにふってるお坊さんもいるよね。

 Bさん 母の葬儀は神式で、笙の演奏がついて、ある意味バンド入りだった。

 Eさん 確かに、読経の声のうねりにも、芸を感じたことがある。

○ 理想の弔われ方は、あまりこだわらないというか、合理的なのがいい。私は、作品が残るというか、データとして残ればいいと思っているので。

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【Fさん】

 もう50年くらい前、子どものころに体験した土葬は、この本の一章と、同じ部分が多かった。白装束に三角巾、野辺送り、75ページ写真と似た手押し霊柩車もありました。北関東ですが、昔は全国で土葬に共通点があったんだなと。

 50年前の土葬で印象的だったのは、「六尺(ろくしゃく)」と呼ばれる、町内会の係。墓地に行き穴を掘り、埋葬を担当する係です。
 町内会長が葬儀委員長みたいな役目をして、六尺や、帳場(香典の受付)、調理などの葬儀の係を決めて運営します。おそらく、死の穢れを町内できちんと処理しなければ、という意識が強かったんじゃないかな。
 本書にもあるとおり親族はあまり遺体とは関わらなくて、六尺など町内の係の人々にお礼をするんです。

○ 理想の弔われ方は、私も元素レベルで自然に還るという形。散骨のようなのが理想かな。

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【Gさん】

 83ページ、「90歳で亡くなったおばあさんは、例えば20歳で嫁入りしてきて、70年間田んぼや畑を耕し村のつきあいをしてしたんです。葬儀会館のお葬式は、それをある日、一瞬で送るわけです。私はそれにどうしてもなじめません。みんなで“ムダ”をいっぱいして故人を送ることが供養になるのです」というのが染みた。

 私の経験でも、葬儀っていうのは、周りの納得の問題なんだよ。

○ 理想の弔われ方はない! だってどうせ私が死んだら世界は終わるのだからさ...。

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 いやー、面白かった。土葬を直接経験したのが7人中2人というのは驚き!

 今回の料理は、豚バラ肉グリルにフライドオニオンのバーベキューソース、海老とオリーブの冷たいマリネなどなど。

 ではまた来月!

豚バラ肉グリルにフライドオニオンのバーベキューソース

 (月1回土曜午前に読書会を開催しています。詳しくはココをクリック!)