2020年9月24日木曜日

第7回 読書会 ビブリオバトル・テーマ「人文」


新書読書会「連鎖堂」を開催しました。今回はビブリオバトルです。

 ビブリオバトルを、テーマ「人文」で新書限定っていうのは、かなり芯を喰っていたようで、どの本も素晴らしい! 今回ほど迷う投票もなかったですね。

 発表された本は、以下の4冊です。

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1冊目 『「他者」の起源 ノーベル賞作家のハーバード連続講演録』トニ・モリスン、森本 あんり解説、集英社新書

 「黒人」は、アメリカにしかいない。アフリカにはガーナ人やケニア人がいるのであって、「黒人」はいない。
 つまり差別は、普通に生きる人の思いの中にある。「黒人」として初めてノーベル文学賞を受けた著者が、例えば日常の出来事を振り返ることなどによって、そこに権力関係や、「他者化」の起源があることを明らかにしていきます。
 アメリカの時局の理解のためだけでなく、日本における排外を理解するためにも、今まさにお勧めの本です。

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 2冊目 『京都学派』菅原 潤、講談社現代新書

 京都学派は、西欧の受け売りだけの哲学では駄目だ、という思いから生まれたもの。しかしその結果は、国粋主義の協力者として公職追放です。どうしてそうなった。
イ、京都学派は、やはり思想の内容が、国粋主義に親和的だったのか。
ロ、国粋主義への批判力がなかったために、時流に巻き込まれたのか。
ハ、思想として生み出されたものを、国粋主義の側がはめ込んで利用したのか。
 その解釈の難しさを感じます。

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3冊目 『グロテスクな教養』高田里惠子、ちくま新書

 「教養」のあの独特の嫌らしさは、どこからくるのか。なのになぜ、大正の頃、1980年代(ニューアカ)の頃、「教養」があるとモテたのか。その理由を、身も蓋もないくらい明らかにします。
 あとがきによれば、本書を担当したちくま新書の担当者曰く、「一冊ぐらいは嫌な気持ちになる新書があってもいいでしょう」。どんなんや。

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4冊目 『翻訳語成立事情』柳父章、岩波新書

 「社会」「個人」「美」「恋愛」。これらの言葉は、明治になって作られたもので、それ以前にはなかったものです。
 「社会」といえば、「世間」よりも良いもので、しかも抽象的です。日本の翻訳はこういう、「よく分からないけど良さそうな言葉」に頼っているのです。
 しかし福沢諭吉は違います。societyを「交際」と訳し、individualを「人」と訳します。福沢だけが、societyやindividualを、普段使う言葉から理解すべきとしたのです。

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 さてこの4冊、どれも面白そうですが、みなさまがたは、どの本をいちばん読みたくなりましたでしょうか? 私はどれもとても読みたくなったので、選ぶのが非常に困難でした。

 では、チャンプ本の発表です!

 チャンプ本は…、
『グロテスクな教養』高田里惠子、ちくま新書
 ワー!

 しかも満票です!

 ていうか、「嫌な気持ちになる新書」と言いながら薦めるほうも薦めるほうですが、選ぶほうも選ぶほう。なんで満票や。
 それはとても、面白そうだからです。なので来月は、『グロテスクな教養』を課題本とする読書会です。

 ではまた、いい新書とともに、お会いしましょう。


2020年9月17日木曜日

『レトリック感覚』(佐藤信夫)

『レトリック感覚』(佐藤信夫)


『レトリック感覚』(佐藤信夫)を読んだ。

 超面白い。太宰治曰く、「ふと入口のほうを見ると、若い女のひとが、鳥の飛び立つ一瞬前のような感じで立って私を見ていた」。その比喩、わかる。けど、鳥の飛び立つ一瞬前を見たことありますか。『雪国』のヒロイン、「駒子の唇は美しい蛭の輪のように滑らかであった」。わかる。けど、蛭を見たことありますか。

 しかし、愛する人の唇を伝えたいとき、美しいと書いても、形を正確に描写しても、伝わりません。言葉は伝達に便利ではない。レトリックは飾りではなく、切実なことを正確に伝えるための本質なのです。

2020年9月15日火曜日

『日本のいちばん長い日』(半藤一利)

 『日本のいちばん長い日』(半藤一利)

『日本のいちばん長い日』(半藤一利)を読んだ。

 超面白い。敗戦日とその前日、皇居ではクーデター(宮城事件)が起きていました。若き陸軍部将校 畑中少佐らが、近衛第一師団長を殺害し、皇居を占拠して、本土決戦のため、玉音放送を阻止しようとしたのです。しかし未遂に終わり、畑中は自決。鈴木貫太郎首相の飄々とした肝の太さ、敗戦を遂行する内閣の辛苦など、24時間実録がスリリングです。

 絶対に負けを認めないぞ。そんなのは子どもの所行と、後世から言うのは簡単ですが…。浪漫主義はたやすく除霊できない。この本が面白いのが、まさにその証拠です。

2020年9月12日土曜日

『「壁と卵」の現代中国論 リスク社会化する超大国とどう向き合うか』(梶谷懐)

『「壁と卵」の現代中国論 リスク社会化する超大国とどう向き合うか』(梶谷懐)

 『「壁と卵」の現代中国論 リスク社会化する超大国とどう向き合うか』(梶谷懐)を読んだ。

 昔、人の敵は自然でした。近代に至り、自然を克服したテクノロジーやシステムは、基本的には良いことのはずです。しかしテクノロジー等は、一部に害を与えることがあります。例えば公害や薬害です。このように人から生じるリスクの配分が問題となる社会(リスク社会)では、ある意味リスクを人が割り振るのですから、自由な異議申立と論議が重要です。

 ここで中国。中国はリスク社会に至っているのに、いまだに言論統制をしています。そのやり方、もうもたないでしょう。中国の深い認識が得られる本、お勧めです。

2020年9月9日水曜日

『多数決を疑う 社会的選択理論とは何か』(坂井豊貴)

『多数決を疑う 社会的選択理論とは何か』(坂井豊貴)

 『多数決を疑う 社会的選択理論とは何か』(坂井豊貴)を読んだ。

 面白い。2000年米国大統領選、当初世論調査ではゴア有利も、ラルフ・ネーダーが立候補してゴア票を喰い、ブッシュが当選しました。多数決は票の割れに弱い。また選択肢が複数だと、二番になりやすい穏当な主張よりも、嫌われても一番を目指す極端な主張が勝ちやすい。実際、欠陥制度ではないか。選択肢を順位づけして投票する(ボルダルール)なら、極端は敗れます。


 住民投票の工夫も出色。計画の実質確定後に住民意見を聞くセレモニーをするのでなく、しかも地域エゴや愉快票を避ける制度がありうるのです。

2020年9月7日月曜日

『新 人が学ぶということ 認知学習論からの視点』(今井むつみ、野島久雄、岡田浩之)

『新 人が学ぶということ 認知学習論からの視点』(今井むつみ、野島久雄、岡田浩之)

『新 人が学ぶということ 認知学習論からの視点』(今井むつみ、野島久雄、岡田浩之)を読んだ。

 超面白い。知識の獲得には、豊富化と再構造化があります。このうち学習の躓きとなるのは再構造化。再構造化のために、今持っている素朴理論を捨てるのが難しいのです。例えば、分数を理解するには、数=自然数という素朴理論を捨てなければなりません。また例えば、指で上へ弾かれたコインには、上がる途中の瞬間、上向きの力が働いていますか?「動いてるなら動いてる方へ力が働き続けてる」は素朴理論で、慣性の法則に反し、誤りです。

 いいね、再構造化。何もかも次々に再構造化して、まだ見ぬ世界へ行きたい。

2020年9月5日土曜日

『ルポ ネットリンチで人生を壊された人たち』(ジョン・ロンソン)

『ルポ ネットリンチで人生を壊された人たち』(ジョン・ロンソン)

『ルポ ネットリンチで人生を壊された人たち』(ジョン・ロンソン)を読んだ。

 超面白い。ジャスティン・サッコは人種差別的ジョークを1回ツイートしました。これが半日後には世界一の大炎上、即日解雇され、名前を検索すれば顔写真と人格非難が延々と続き、今後一生涯、普通に就職や子育てをすることはできないでしょう。

 炎上は特殊な人の悪意のせいではない。逆です。普通の人の善意のせいです。悪い奴を懲らしめるのは当然? いや、その場の思いつき、ていうか本当は暇つぶしを、正義だと心理的に正当化しているだけでしょう? そして現実には、人の生涯を潰すのに荷担しているのです。